カリスマ副社長はフィアンセを溺愛する
席を離れようとした私は足を止めて振り返った。

突然、腕を掴まれたからだ。


「あの…………何か注文ですか?」

「あっ、いや、ごめん。」


掴まれていた手が離された。

不思議に首を傾げたが、視線も逸らされて本当に挙動不審だ。

もう一度足を踏み出そうとしたが。


「コーヒーありがとう。」


背後から聞こえてきた一言に、振り返って彼を見た。

今度は視線が交わる。

すると微笑んだ彼は再び同じ言葉を私に言った。


「ありがとう。」

「いえ。」


頭を軽く下げて、今度こそ彼から離れた。

高飛車で嫌味な印象は消えていた。

今日の彼は挙動不審な感じだが、ウエイトレスにお礼を言う優しい感じを醸し出していた。


「岬さん、何だって?」

「えっ?」

「雨宮さん、呼び止められてたでしょ。」

「あー、お礼を言われました。」

「お礼?」

「『コーヒーありがとう』って。でも何か挙動不審な感じが。」

「ははっ、そうなんだ。」


店長が大笑いしている。

そんな店長にも首を傾げるしかなかった。
< 11 / 216 >

この作品をシェア

pagetop