エリート外科医と過保護な蜜月ライフ
「あっ、すみません……。つい、なんとなく後ろを歩いていました」

だって、隣を歩くのは緊張するから……。それでも先生に言われたのだから、素直に隣に並ぶ。

すると先生は、歩調を私に合わせてくれた。さりげない気遣いに、嬉しさが込み上げる。

先生は、本当に相手のことを考えられる人なんだ。その優しさを、気づかないふりだけはしたくなかった。

「先生って、優しいんです。今、歩調を合わせてくれましたよね?」

恥ずかしく思いながら言うと、先生は笑みを保ったまま言った。

「小松さんと、話がしたいからね。きみのペースに、いくらでも合わせるよ」

「先生……」

怪我をしていたことも、考えてくれているんだろうな。先生の優しさが私の心に響き過ぎて、勘違いしそうになる。

今夜、こうやって誘われたけれど、先生は他の患者さんにも同じようにするのかな……。

聞きたいけど、聞かないでおこう。知りたいような、知りたくないような複雑な気持ち。

知らなければ、先生の優しさを特別なものとして感じていられる。せっかくの先生との時間なのだから、余計なことは考えないでおこうーー。

「小松さんの好きな食べ物はなに?」

「えっ? 私の好きな食べ物ですか⁉︎」

すっかり上の空になっていたから、話しかけられてビクッとする。すると先生は、またクスクスと笑った。

「小松さん、俺の存在って薄い? 今、ボーっとしてただろ?」

図星を指摘され、バツ悪く否定する。

「そ、そんなことないです。緊張してしまっていて……」

むしろ、存在が大き過ぎてボーっとしていたのだけど……。小さくなる私に、先生は小さく微笑んだ。

「それならいいけど。小松さんの好きなものを食べに行こう。なにが好き?」

「中華が好きです。特に、四川風の辛い食べ物が……」

と言いながら、後悔がすぐに湧き上がる。先生は甘いものが好きだと言っていたから、辛い食べ物は苦手かもしれない。

イタリアンとか、洋食をリクエストすればよかったと、自己嫌悪になった。
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