【完】恋歌
Side:凛音



目の前の男が口を開くと、自分がずっと憎んで探し求めていた存在なのだと、そうきちんと把握するのにほんの数秒掛かってしまう。


ぎりり、と知らず知らずの内に奥歯に力が篭った。
なのに、視線を外すことが出来ず、身動ぐことも許されない。


油断してはならない。


そう、思うのに…。


あれだけ憎いと強く思って来たにも関わらず、目の前の男は酷く物憂げで、儚いのに慈愛に満ちた雰囲気を醸し出していて、なんとも懐かしい感じがするのだ。


「…私には何も、話すことはない…」


その懐かしさに彼女の口調がそれまでとは異なり、少しだけ弱々しくなった。


どうも、彼の前では「本来」の自分でが保てない。
それが苛立ちよりも、深い焦りになるのだから、彼女にはどうしてそんな風になってしまうのか理解できなかった。


「んー…凜音…貴女に興味が出来たと言ったら信じてもらえる?」

「興味…」

「そ。凜音がオレに会うまでどうやって生きてきたのか、とか…ね。知りたいって思って?」

「…くっ。貴様!私を愚弄するつもりか?!」


彼女には、彼の意図、言葉の真意を量ることが全く出来なかった。


自分に興味を持つ存在が現れるなんて思っていなかったし、信じられなかった。

そんなものは意味がないと思ってた。
それも、過去のことなんて余計に…。

しかもその相手が、今まさにこの手で殺めようとしてる宿敵だということに、彼女は言い様のない怒りを感じずにはいられなかった。

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