3→1feet
「甲斐くん、乗らないの?」

心配になって顔を覗き込むように話しかけても返事はなかった。

どうしたんだろう、疲れてるのかな。

そう思って様子を窺っていたらエレベーターの扉が閉まっていく音が聞こえた。

「あ…。」

開けなきゃ、反射的に身体が動いてボタンを押す。

「甲斐くん…っわ!」

もう一度声をかけようとした矢先、カバンをかけていた方の腕を掴まれて私はエレベーターの中に引っ張られていた。

機内のボタン前に立つと甲斐くんはゆっくりと私の腕を離す。

混乱とかいろいろな感情が混ざって私の心拍数は半端なく上がっているに違いない。

「ごめん。」

「ううん…大丈夫だけど…。」

「鈴原さ。もう誰かにチョコ渡したの?…バレンタインの。」

「え?」

何も考えずに聞き返したけどちゃんと内容は頭の中に入ってきている。

いま、そんな話をするの?

勇気の欠片も残っていない私はとにかく逃げ出したくて扉を見たけど、無情にもぴったりと閉まる瞬間だったのだ。

甲斐くん、親切にも1階のボタンを押してくれている。

目が合うと途端に恥ずかしくなって顔が真っ赤になっていくのが分かった。

「べ、別に…っ!」

何が言いたいのか分からない言葉が口から出てきてしまう。

カバンを持つ手に力を込めれば中で紙袋が圧迫される音が聞こえてきた。

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