3→1feet
渡した相手なんていない。渡したい相手は目の前にいるの。

でも。

情けない気持ちが大きくなりすぎて泣きそうになってきた。

「あ、ごめん。余計なこと聞いたな。ほら、会社では義理チョコ配りも禁止になったのにくれる人がいたりするからさ。」

私が泣きそうになっているのに気付いたのか、甲斐くんは目を逸らして沈黙にならないように気を遣ってくれているようだ。

甲斐くん、その中にはきっと義理と偽った本命もあるんだよ。

弱虫な私はその作戦でいこうかと思っていたんだよ。

親切とか優しいって言葉で終わらせたくなくて、今年は伝えようって心に決めたんだよ。

でも、やっぱり私は勇気が出ない。

「…甲斐くんはいくつ貰ったの?」

とりあえず気を遣わせたくなくて何でもないふりをした。

「え?あー、安定の3つ。毎年同じ数。」

そう言ってカバンを掲げてみせる笑顔が可愛らしい。

この前荷物と一緒に母親からもチョコレートが送られたと教えてくれた。

恋人からという話は出てこなかった。

「お、着いたな。」

1階に着いて扉がゆっくりと開いていく。

ここは複数の会社が入っている大きなビルだ。私たちが下りるのと入れ違いに何人かが自社に戻る為に乗り込んできた。

みんな頑張ってるんだ。

なんとなくそんな思いが生まれて口元に力が入った。

みんな、頑張ってるんだ。

「甲斐くん!」

前を歩く甲斐くんの腕を引っ張って私は彼の名前を呼んだ。
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