《完結》君と稽古した日々 ~アーサ王子の君影草~【番外編】
やさしい君
「──ねえジュリ……。そろそろっていうか、やっぱり戻らない?」
「何言ってんだよ、じい様の授業で散々欠伸してて怒られてた癖に!」
「っ…もう充分目が覚めたって! ……俺、単独でこんな所来たの初めてだし今日はここまでって事にして……ね? 帰ろうよ」
「なんだ? まさかビビってるのか〜? てゆーか、ここまで来たらもう乗るしかないだろ! 列車!!」
「ええ!? の、乗るの??」
「もっちろん!!」
ジュリアンとラインアーサは王都の停車場に居た。
あいにくジュストベルによるこの世界、リノ・フェンティスタの成り立ちや煌像術と魔像術の違いについて等の授業内容は、腕白盛りの二人の興味に触れなかった様だ。
特にジュリアンはじっとしているのが苦手なのだ。授業の間そわそわと落ち着かない様子を二重三重に注意されようが全くお構い無し。それどころか何度目かの大きな欠伸をして遂に注意をされたラインアーサを横目に密かにニヤリと口角を持ち上げた。
ジュリアンが何か悪巧みを思いついた時の癖だ。
そしてジュストベルが雑務で少し席を外したのを見計らうと、退屈なそれを抜け出した。
もちろん今回が初めての犯行では無く、窓の鍵を壊すその手口は手馴れている。
手口を見られたからにはラインアーサは共犯。窓の外へ連行した迄だ。
「や、やっぱり駄目だって…! ジュストベルにたくさん叱られるってば」
「んー? いや、本当は一人で抜け出すつもりだったけどなんかお前も退屈そうにしてたからさ。旅は道連れ、世は情けって言うだろ?」
「はあ? 何言ってんだよ。それに俺は昨晩ちょこっと読書に夢中になって夜更かししちゃっただけで別にジュストベルの授業が退屈だった訳じゃあ…」
「はいはい。何でもいいけどほら、列車が来たぜ?」
晴れた空を割く様に汽笛を鳴らし、風を切って停車場へ滑り込む深紅の車体。頬や髪が心地の良い風圧を受けて旗めく。
良心が痛むのか怖気付いたのか、ここまで来ても弱腰のラインアーサだったがぴかぴかに磨かれた列車が目の前に停車するとぱっと瞳を輝かせた。
「…わ、あ!」
停車と共に列車の扉が勢い良く開き大勢の人々が降りてくる。自国の民の他にも様々な国の種族が停車場を行き交う。あまりの人の多さに二人は面を食らった。
常秋の国、シュサイラスアは年中気候が安定しており作物が多く実る為、食文化とそれに伴う市場が発達している。