《完結》君と稽古した日々 ~アーサ王子の君影草~【番外編】
「失礼。───ですがジュリアン、部屋の扉を叩いておきながら返事を待たずに立ち入るとは……いくら身内と言えども無作法です」

「ごめんごめん! 急いでてさ」

「はあ。しかも貴方の方から私を訪ねてくるなど、何かの前触れでしょうか」

「ちょっ、じい様、せっかく可愛い孫が会いに来たってのになんて事言うんだよ!!」

 ジュストベルは涼し気な顔のまま椅子から立ち上がると落とした書物を拾いあげた。

「して、その可愛い孫がどうなされたので?」

「まあちょっと。じい様にお茶でも煎じてもらおうかなって思ってさ」

「?! ジュリアン、まさかお茶に興味でも?」

 流石にこの発言には狼狽を隠せなかったジュストベル。薄らと期待の眼差しを向けられ、バツの悪いジュリアンは申し訳ない気持ちで答えた。

「あー、うん。興味っていうかちょっと風邪引いたっぽいからじい様のお茶、飲ませてもらおうかなって……そんな理由で訪ねてきてごめん…」

「ほう? そういう事ですか、まあいいでしょう。そこに掛けて待っていなさい」

「やった!! ありがとう、じい様!」

 部屋から追い返されなかった事にじんわりと嬉しさが込み上げる。今までジュストベルからは叱られる対象であり逃げてばかりいた為、こうして二人のみでゆっくりと時間を取った事がなかった。お茶の用意をしているジュストベルも何処か嬉しそうだ。
 ジュストベルの部屋は書斎宛ら書庫の様だった。書棚には難しそうな書物が背表紙を揃え、反対側の茶棚には珍しい茶葉や茶道具が顔を揃えている。
 書物や茶葉に光が当たらない様、部屋の全ての窓には薄い垂れ絹(カーテン)がかかっていたが部屋全体は暗過ぎず落ち着く雰囲気だ。

「───このお茶は茶葉に茉莉花という花の香りを吸わせている為、とても香りが良いのが特徴です。アザロア国家でのみ造られている大変貴重な茶葉ですよ」

「ふーん」

 突然お茶について語りだしたジュストベル。そんなに大切な茶葉を自分などに使って良いのだろうか? とぼんやり思った。

「体調が優れない時などはもちろん、気分転換にも良いかと。さあどうぞ」

「気分転換か」

 深い檸檬色の液体が陶器の急須から透かし模様が入った揃いのカップへと注がれる。立ち上がる湯気からはなんとも言えない魅惑的な香りがした。目の前に置かれたそれを手に取り一口。
 ───口に含んだ瞬間爽やかな茉莉花の香りが鼻の奥まで突き抜けた。
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