《完結》君と稽古した日々 ~アーサ王子の君影草~【番外編】
 ジュリアンは素早く立ち上がり、にっこりと微笑みながら佇むジュストベルを背にそそくさと部屋を出た。

「ふうー。やっぱりじい様はあなどれないぜ…! しばらくは近づかない様にしとこ。あ? あーー。うーんまだ喉の調子だけおかしいかな?」

 それでも薬師のエルベルトの所に行く程ではないと判断したジュリアンはそのまま何日か過ごした。しかし喉の調子は良くなる所か増して悪くなっていく様に感じた。悪くなると言うか喉に何かが閊えている様な妙な違和感があり、特に高音が出しにくい。流石に危機感を覚え、不安になったジュリアンはエルベルトに診てもらうべく医務室へ足を向けた。

「───ああ。これは変声期じゃあないかな」

「んん? へんせいき??」

 ジュリアンは医務室で診察椅子に座ってぽかんと大口を開けたまま首を傾げていた。

「わかりやすく言うと声変わりって事だね」

「ふーん。声変わり……って、え!? てことは俺の声もうこのままなの??」

「いや。次第に違和感も無くなって落ち着いてくる筈だけど、声はもう少し低くなると思うよ」

「そうなんだ」

「いやぁ。ジュリアンもそんな年頃になるのかぁ……あんなにやんちゃだった坊やが、もうあっという間に大人の仲間入り。わしもジュストベルも歳を取るわけだ! わはは!」

 エルベルトも古くから王宮に仕えている専属の薬師だ。ジュストベルとはとりわけ付き合いが長く、共通の趣味でもあるお茶について良く談義し合う仲だ。家族も同然のエルベルトに〝大人の仲間入り〟と認められた様な気分になり嬉しくなった。

「へー! 大人の仲間入りかあ!」

「そうだよ。これからもっと身体も成長して変化していくだろうし、何か分からない事があれば何時でも聞きにおいでなさい。あと風邪ではないにしろ安定するまでは喉に負担をかけないようにね」

「はぁい。先生ありがとうー」

 エルベルト曰く年頃の男子は誰でも経験するので特に心配ないそうだ。理由がわかり安心したのかその日は何時もよりもぐっすり眠れた。

 ───とても麗らかな夢を見ていた。
 なんと言う爽快感と開放感。
 空を飛んでいるような浮遊感もあれば脳が蕩けてしまいそうな程の高揚感。訳の分からない快楽に全身取り込まれそうになった所で毎回目を覚ます。そんな素晴らしい夢の内容とは反対に、鬱屈とした気分でジュリアンは呟いた。

「あー・・・またか」

 妙な罪悪感。
< 54 / 103 >

この作品をシェア

pagetop