《完結》君と稽古した日々 ~アーサ王子の君影草~【番外編】
「ごめんて! お詫びに背中流してやろうか?」

「いい。もう流した」

「んー? まだ後ろ泡付いてるぞ、ほら」

「……」

「どうしたんだほんと。さっきから元気ないけど?」

 少し前から何やらしょんぼりしている主の様子が気にかかった。

 通常なら汗を流すと言いつつも互いに喚きながらの水の掛け合いっ子に発展し、収拾がつかなくなりそれこそジュストベルの説教コースという前例もある程だ。

 と言うかここ最近、どうにもラインアーサの様子がおかしい。一人称を〝僕〟から〝俺〟に変えようと必死な上に、今日は突然剣の稽古ときた。

 弱虫は卒業したいと言っていたが、それだけなのだろうか。

「……」

「何か悩み事か? あ! さては恋でもした??」

「っな! そんな訳ないでしょ! まったく、惚れっぽいジュリと一緒にしないでよ」

「ひど〜い、俺はただアーサの事心配してるだけなのに!」

「……ごめん。別に悩みって程の事でもないんだ。ただ…」

 傷ついた風に大袈裟に言ってみせると、間に受けたラインアーサが更にしょぼんと眉を下げたのでふざけるのをやめた。

「ただ?」

「贅沢なのかも知れないのは分かってるんだけど…」

「うん?」

「最近、周りの皆が…っていうか俺、周りの皆の優しさに甘えすぎてるんじゃないかなって」

「へ?」

 ラインアーサが突拍子もない事を言ってきたのでつい気の抜けたような声が出てしまった。

「このまま皆に甘えすぎてたら何も出来ない大人になりそうで」

「アーサお前、そんな事考えてたのか? いや、お前は王子なんだからそれくらい……てか何でそう思った?」

「だって父様も、母様も姉様も俺が何しても全然怒らないだろ? ジュストベルとジュリだけだもん、俺の事ちゃんと怒ってくれるの」

「それはさぁ、お前がいい子ちゃんだから怒る所がないんじゃあないか? それにジュストじい様はお前の教育係だから」

「俺はいい子じゃあないよ。朝寝坊するし、好き嫌い多いし、読んだ本どこかに無くしたり、たまにジュストベルの授業サボったり…」

「そんなのまだ可愛いじゃんか。俺なんて、じい様の授業サボるのはもちろん! 母さんの部屋に忍び込んで大量の花びらをばらまいたり、廊下で死んだフリして怒られたり、リーナの本に落書きしたりとか。あ、あとジュストじい様の大事な茶道具を壊したの黙ってた上にバレて大目玉食らったりとかも」
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