《完結》君と稽古した日々 ~アーサ王子の君影草~【番外編】
「おお、ソウか。もうそんな時間かな? ソウ言えばサミュエルの姿が見えないな」

 グロスにぴったり付いていた筈の護衛の姿がなく、三人は顔を見合わせた。
 何故か嫌な予感が胸のあたりに過ぎる。

「父上! 早く帰ろウ!!」

「メルテや、待っておくれ。サミュエルを探シテ来なければ…」

「皇帝陛下。わたくしは此処に……」

 声に振り向くと背後に護衛の男、サミュエルが立っていた。

「お、おお。何処に行っておったノダ、そろそろ国に戻ろうカト思ってな」

「申し訳ありません。ライオネル様との積もるお話もあるかと思いまして邪魔にならない様、席を外しておりました」

「おや、気を遣わせてしまったね。これは申し訳なかった」

「……」

 ライオネルが気さくに話しかけるとサミュエルは無言のまま深く頭を垂れ、一歩身を引いた。

 更にその背後から大きな黒い影を引き連れる様にしてジャコウが現れた。

「っ!!」

 ジュリアンはラインアーサとメルティオールに目配せをし、疑惑を確信に変えた。二人の表情からも同様の感情が読み取れる。
 しかし三人の緊張を破る様にライオネルが明るく声をかけた。

「ジャコウ殿! 申し訳ない、何のもてなしもせず…」

「ふ……お構いなく」

「は、はじめまして、ジャコウ皇帝陛下。こうしてお会い出来て光栄です」

 ジャコウに冷たい視線を浴びせられる中、ラインアーサがそれとなく挨拶をすると笑顔で言葉を付け加えるライオネル。

「定例会でも自己紹介をさせましたが、息子のアーサです。ああ確か、ジャコウ殿にも御令息と御令嬢がいらっしゃった様に思っていたのですが?」

「よく、ご存知で……いや。あれらの事など気に留められませぬ様」

「そんな事仰らずに、次に貴国に訪ねた際は紹介して下さると心嬉しく思います」

「……ライオネル殿はいつも楽しげで宜しいですな。考えておきましょう」

 ジャコウはそれ以上は何も答えぬと言わんばかりに踵を返すと静かに王宮の外へと去っていった。

「いやはや。どうしたものかね……さて、デハ我々もそろそろ」

「あ、ああ。お見送りは此処で大丈夫かな? なんなら列車(トラン)の停車場まで一緒に…」

「イヤ何。馬車を待たせてあるノデ、お気持ちダケで十分」

 見送る間際にメルティオールがぶっきらぼうに小さく呟いた。

「……手紙、書くカラ」

「うんっ! 俺たちも書くよ!!」


 ジュリアンとラインアーサはマルティーン帝国一行の乗った馬車が見えなくなるまで手を振り続けた。
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