《完結》君と稽古した日々 ~アーサ王子の君影草~【番外編】
 弾む様な足取りで部屋を飛び出すとこの寄宿舎の宿舎長兼、責任者であるラッセルの所に出向いた。

「おお、ジュリアンか。随分早いのう! わしは今来た所じゃて」

 ラッセル家は代々この寄宿舎の管理を任されている名家であり、幼い頃から何度かグレィスに付いて此処に遊びに来た事のあるジュリアンはラッセルとも顔見知りだ。

「おはようございます、ラッセルさん! じい様に手紙を書いたから送りたいんです」

「ジュストベル殿に手紙だね、一番早い風便で送ってやろう。手紙はこの一通だけで良いのかい? その他に送りたい物はないかね?」

「あ……いえ。一通だけで大丈夫です、お願いします」

 本当はもう一通、ラインアーサに宛てた手紙も書いた。訓練所でちゃんとやってる事を伝えたくて、しかし何となく恥ずかしくなり最後まで書くとこが出来ずに筆を置いてしまったのだ。

 手紙と言えば訓練所に入る前、ラインアーサと二人で何度かメルティオールへ手紙のやり取りをしたのを思い出す。
 主な内容は例の二人組について。つまりルゥアンダ帝国皇帝のジャコウとマルティーン帝国皇帝、グロスの護衛であるサミュエルの動向についてだ。

 メルティオールの手紙によるとあの日以来接触することも無く過ごしているとの事だった。あの二人についてはどう考えても怪しいのだが、特に手がかりがある訳でもなくジュリアンもラインアーサもどうすれば良いのか分からなかったのだ。

 そうこうしている間にも月日は流れ、ジュリアンはこうして訓練所に所属することになり、ラインアーサと毎日顔を合わせていた日々が既に懐かしく感じる。


 ───それでも。
 やはりこの時に少しでもライオネルやジュストベルに〝この事〟を相談しておくべきだったのだと、後々になって後悔する事になるとは思いもしなかった。


 とにかくジュリアンは焦っていた。がむしゃらに訓練に打ち込み、短期間でかなり腕を上げた。その姿は他の者から見ても驚異的に映り、やはりグレィスの子だと周囲から大袈裟に祭り上げられた。しかしいくら祭り上げられた所でジュリアンの心から焦りは消えない。

 早く強くなりたい。
 早く強くなって、自分の守りたいものを守れる様になりたい。

 煌像術(ルキュアス)を学ぶ事にも寝る間も惜しんだ。一日の訓練が終わった後は自主的に鍛錬を重ね、共同の浴場はいつも終い湯。そして朝は誰よりも早く起床するとひとり朝練に励んだ。
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