《完結》君と稽古した日々 ~アーサ王子の君影草~【番外編】
 しかし、ジュリアンの言った通りラインアーサの掌からはそよ風すら吹かない。

「……あれ…?」

「ほらな! ちなみにこれ誰でも出来るくらいめちゃくちゃ簡単な煌像術(ルキュアス)なんだぜ? 基本中の基本!!」

「……う、そういうジュリだって冷風じゃないか!」

「吹かないよりかはマシだろ? てかなんで癒しの煌像術(ルキュアス)は出来てこっちが出来ないんだ? ほんと謎」

「うう…」

「まあいいからもう行こうぜ!」

「まだ髪乾いてないよ……風邪ひかないかな?」

「大丈夫だろ、俺そんなにヤワじゃないし! ほらアーサも急げよ?」

「わ、わかってる!」

 ジュリアンは言いながら素早く服を着るとラインアーサを急かした。
 もたつきながらもやっと衣服を身につけたラインアーサとまた先程の中庭、庭園の間へと急いだ。 今度こそ走らぬよう早足で。


「よし、何とか時間ギリギリだな!」

「……うん…」

「なんだよ、まださっきの気にしてるのか? しょうがないだろ! みんなお前の事それだけ大事にしてんだよ。それにアーサってなんか見てて危なっかしいもんな」

「なんだよそれ! ジュリはいつもそうやって俺の事おちょくって…! 俺より数ヶ月早く産まれたってだけなのに」

「そんなの事実だもんしょうがない、これでも褒めてるんだぜ? お前の事」

 にやりと笑うジュリアンに対し、ふくれ面のラインアーサはやや観念したかの様に庭園の間の扉を開いた。



 ─── 庭園の間は王宮で一番爽やかな風が吹く場所だ。

 年中通して常に秋の様な気候のシュサイラスアだが、今日は特に天気が良い。まさにお茶会日和だ。

 先刻まで二人が稽古していた場所にはすっかりとお茶の用意が揃えてあった。
 大きな樹の木陰には真紅の絨毯が敷かれ、共布で織られた座り心地の良さそうな座蒲団が数個。
 木の幹から下げられた色とりどりのランタンの下に簡素な背の低い机が置かれ、その机の上には様々な種類の焼き菓子と茶道具が並んでいる。

 柔らかい風に運ばれた焼き菓子の甘い香りが鼻腔をくすぐった。空腹だったせいもあり思わず駆け寄ると待ってましたと言わんばかりにリーナが声をあげた。

「もう! おにいちゃんたちおそい! 王妃さまも、イリアさまもずっとお待ちしております! あっ! つまみ食いはだめなんだからね!!」

「おっと。いやー、ごめんな。でも時間ギリギリセーフだろ?」

「ギリギリちこく!」
< 9 / 103 >

この作品をシェア

pagetop