悪魔なアイツと、オレな私
体育館前にある自動販売機。
ジュースを片手に喉を鳴らしながら飲んでいる治人は、本当に喉が乾いていたんだろう。
「あー、美味い。生き返る!」
「治人、親父臭い」
「うわっ、酷え……。朝練からずっと飲めてなくて、本気で死ぬかと思って過ごしてた俺にそれ言うか?」
「朝練あるって分かってるなら、ちゃんとお金持ってきなよ」
「今回はたまたま。だから、本気で千秋には感謝してるって。ありがとな」
軽く笑いながら素直に礼を言われると返す言葉を失う。
畜生……そこまでキラキラした笑顔で言われると、何も言い返せなくなる。
「良いよ。治人に貸し一つって事で」
千秋も自動販売機の前にたち、ジュースを一つ買った。こうして治人とジュースを買いにくるのは初めてではないが、久しぶりだからか少し緊張する。
「そう言えば、千秋。お前、今日の朝凄い騒ぎになってたぞ。えっと、何だっけ?あの転校生」
「あー……」
朝のやり取りを思い出しながら、千秋の心踊る緊張感は少し影を落とす。
間違いない、レオの事だ。
レオとのやり取りを朝練の治人に見られていたなんて、頭を抱えたくなる事態である。
「千秋、お前……あいつと知り合い?何か……凄い仲良さそうだったよな」
「全然、仲良くなんか無い!」
「え……」
勢い良く否定してしまったので、治人の方が面食らった表情になってしまっている。
不自然なリアクションだったと千秋は気づいて、慌ててフォローを付け加える。
「あ、いや……、朝、家出た時にちょっと話してて。ほ、ほら、お、俺の近所に越してきたらしくてさ。だから、仲良しっていうか……少し話した程度で」
「そうなのか。って、千秋焦り過ぎ。そんな否定したら、可哀想だろ。転校生なのにさ」
「う……、それは……」
本当は人生を狂わせ始めている変態悪魔と暴露してやりたいが、治人がそんな事信じるわけ無いし、千秋自身の心象が悪くなるだけだ。
「……けど、レオって奴さ、凄い人気……だったよな」
「あー……まあ、確かに」
確かに、黙っていればあの切れ長の紅い瞳はミステリアスで、偽物染みた美しさがある。
女子達が外見だけで騒ぐのも少し……少しだけ理解できる。おまけに、本当か嘘かは分からないが、語学堪能と豪語しているし。
喋れば残念な奴なのに、そこを分かってない女子達が気の毒だ。
「あんな感じのやつが、モテるんだろうな」
空き缶を見つめながら、目を細めた治人の表情はどこか複雑そうに見えた。
「そんな事ない!……じゃなくて、転校生は転校生だろ?治人だって……私……じゃない、俺は……良いやつって思う」
語尾は小さくなりつつあるも、千秋は本音を告げた。
あんな変態悪魔と治人が同じわけがない。
治人は人が良くて優しくて、誰にでも好かれる千秋にとっての王子様なのだから。
暫し目を丸くしていた治人だったが、千秋の髪をふざける様に乱暴に撫でる。
「ははっ!千秋に褒めて貰うと心強い。お前、本当良い奴だよな!」
頭がグシャグシャになったので少し治人を睨んだが、複雑そうな表情が消えてしまっていたので安心する。
ああ、良かった。治人はこうやって笑っていてくれる方が嬉しい。
千秋は、心底そう思う。
そして、やっぱり治人が好き。