悪魔なアイツと、オレな私
「きゃー!一ノ瀬(いちのせ)君よ」
「今日も癒されるわ。目の保養よね」
「おはよう、千秋(ちあき)君」
「おはよう」
手を軽く上げて挨拶をしただけで、周囲の黄色い声援は、より一層ボリュームを上げていく。
最初はそれなりに友達も出来そうだし、ちやほやされる事に、悪い気はしていなかった千秋だったが、さすがに限度がある。
何故なら、最近呼ばれるのは……
「千秋君!」
「千秋様!」
「王子様!」
「何で誰も千秋ちゃん、とか、お姫様、とか、言ってくれないわけ!?」
千秋の雄叫びは静まり返った教室に響き渡っていた。下校時間過ぎた教室に残っているのは、千秋と幼馴染の水野亜里沙(みずの ありさ)のみである。
「お姫様って言われたいわけ?私は無理ね、そんな事言われた日には恥ずかしくて、即不登校になるわ」
「いや、別に本気でお姫様って言われたいわけじゃなくて!私が言いたいのは、分かるでしょ?」
「イケメン扱いが嫌なわけよね。それ、もう何十回も聞いたわよ。仕方ないんじゃない?運動神経抜群で、成績もそこそこ……おまけに、千秋……身長いくつ?」
「うっ……170……」
「完璧王子様。某イケメンアイドル事務所にでも就職したら?少々バレないわよ。逆ハーレムし放題じゃないの?」
「いやいや、おかしい!性別が違うから!第一バレないって、どういう意味!?」
「……そこがコンプレックスなら、せめて髪ぐらい伸ばしたら?小学校の頃からずっとショートでしょう?メイクを覚えるとかさ」
「うっ……そういうの私が疎いの、亜里沙知ってるでしょ?」
「ええ、知ってて言ってる」
「酷い!」
「どこがよ。努力なくして女は磨けないの。現状変えたいなら、自分で動きなさい」
「うっ、厳しいけど正論……、失恋の傷もまだ癒えてないのに……」
机に突っ伏した千秋を傍観しながらも、コンビニで買ったジュースを亜里沙は飲みながら肩をすくめる。
「治人の事?千秋、小学校の頃から好きだったものね……」
「……うん」
「でも、私は千秋みたいな事出来ないから……凄いと思うわよ」
「亜里沙?」
「告白って色々リスクもあるでしょ?治人と千秋なら、尚更。私と治人より、ずっと仲良しだったわけだし。千秋は頑張ったわよ」
「ありさー!」
千秋は思いっきり抱きついた。女の子らしい甘い香りと、ストレートの黒髪が千秋の頬をくすぐる。
突き放すような言葉も、本当は千秋を思っているからだと分かるから、亜里沙の言葉は嘘がなくて千秋は昔から好きだった。
クールな雰囲気とは裏腹に、女の子らしい背丈や可愛らしい守ってあげたくなるような容姿は、女の千秋から見てもドキッとしてしまう程に。
しかし、亜里沙には昔から彼氏は居ない。千秋と治人と亜里沙、三人の友人関係でそれなりに楽しくやっていたから、そんな存在は必要無いのだ、とは何年か前に聞いたことがあった。
今でも……亜里沙は同じ気持ちなのだろうか?