悪魔なアイツと、オレな私
「髪を伸ばして、メイクを覚えろかあ……」
亜里沙のアドバイスが胸に未だ残っている。
「スタイルは良いんだから、もっと磨く事を覚えなさいよ」
亜里沙には何度も説教のように言われていた言葉と、治人の返事を思い出す度に溜め息が出てしまう。
「治人もやっぱ、可愛い子の方が良いんだろうなあ……守ってあげたくなるってどんな感じ?小柄で天然とか……あー、無理だね。絶対、私なんか論外じゃん」
治人の隣にいるに相応しい女の子を想像したが、とても今平気でいられる心境ではないので、直ぐに妄想を振り払う。
「やめた!とりあえずは、友達で居れるんだから。それに、もっと素敵な人と巡り会えるかもしれないし」
薄暗くなってきた通学路を帰っていると、妙な男が此方に向かって歩いてきている。
肩にかかるくらいの黒髪に、結婚式でもあったかの様な燕尾服。
違和感しかない男なのに、不思議なことに他の通行人は一切彼のファッションに視線を向けることはない。
「なに……あいつ」
ロングコートの露出狂よりも一見の見た目からすれば怪しい男に、千秋もなるべく視線を合わさずに通りすぎようとした。
「おい」
何か男が呟いた気がしたが、きっと思い違いだ。
「おい」
また何か呼び掛けた気がするが、絶対にこんな奴は知り合いに居ないし、親戚に居たとしても街中で話しかけて欲しくない程に浮いているし、きっと千秋の事ではない。
そうだ。すべては気のせい…………。
「お前、気づいているだろうが!待て!」
いきなり千秋の腕を掴んできた男に、咄嗟に声を上げた。
「きゃー、痴漢!」
「なっ!?ち、ちがっ!誰が、男なんかに痴漢するか!」
「誰が男だ!?」
通学鞄を振り上げて、気がついた時には男の右頬にクリーンヒット。即KOを奪い取っていた。
「……あ、ご、ごめ、ごめんなさい!いや、いかにも怪しくて変質者みたいなお兄さんが、女子高生にいきなり掴みかかってくるから。えっと、大丈夫?変なお兄さん」
「それ、心配する気……あるのか……第一、そんな低音の悲鳴で女子高生なんて肩書きは詐欺……」
「おい、変質者。警察突き出されたいの?」
「……待て、とりあえず話を聞け」
倒れていた男は体を起こすと、土埃を払ってから、もう一度千秋を見据える。
「お前、人生一発逆転したいと思っているだろう?」
「……はい?」
頭の打ち所がまずかったのだろうか、この男。もしくは、変な宗教の勧誘だろうか?確かに燕尾服にシルクハットなんて奇抜な格好だし、お布施だ何だと騒ぎ立てる部類の人種かもしれない。
「いや、あの……間に合ってますので」
急いでこの男から離れた方が良い。千秋は鞄を肩にかけると、踵を返し歩き出そうとする。
「いや、俺には分かる!何だ?言ってみろ。俺と契約すれば、お前の望みを叶えてやる」
「い、いや、本当に結構です!」
「あ、おい!!」
男の引き留める声が聞こえたが、振りきるように走り出した。スピードには自信がある。男に追い付かれる前にと、急いで帰宅していた。