悪魔なアイツと、オレな私
鞄をベッドに放り投げて、自分自身も倒れ込む。
買い出しに行くのも忘れていた。
後でコンビニに行けば良いか。
父親と母親は、可愛い娘を置いて歳の離れた兄夫婦の所に泊まっているようで、暫くは帰らないらしく、ここ最近の家事は全て千秋がこなしていた。
「女は外見より家庭的でしょうよ……治人のバカ」
まあ、調理実習で豪快なフライパン捌きを見せてしまっては、家庭的な雰囲気よりむしろ炎の料理人である。
「あーあ、生まれ変わりたい!生まれ変わって、治人の奴を見返してやりたい!」
大の字に寝転がって、天井に叫んでみたものの、もちろん返事なんてない。
枕を抱き締めるようにして寝転がっていると、心地よくてゆっくりと意識が遠退いていくのを感じた。
「……ん……んー……」
時計の秒針の音が聞こえてきて、ゆっくりと目を開ける。
ぼやけた視界から少しずつ、周りが見えてくると、時計の短針は既に夜の十一時を過ぎてしまっていた。
帰宅から随分と長い間、着替えることもなく眠ってしまっていたらしい。
あまりお腹も空いていない。
少し体が重い感じがして、ゆっくりと起き上がる。
風邪でもひいたのだろうか?
体重がずしりと全身にのしかかる感覚。
「おかしいなー。一応、風邪薬飲んで……」
ベッドから起きようとした自分の姿を見てから、違和感に首をかしげる。
何だか妙に体の線が筋っぽいし、ごつごつとしているような……。
それに、喉の調子もおかしいのか、妙に声が出しにくい。
「こりゃ、本当に風邪…………ん?」
千秋の喉の違和感、そして声に出した言葉が何時もより更に低くなっている気がして、喉、肩……胸を順に触れてみる。
喉のごつっとした妙な突起。
いつもよりもしっかりとした肩幅。
そして、……柔らかい感触のない胸。
「え……え……え……!?」
まさか、いや、そんなわけ。
「千秋君」
「千秋様」
「王子様」
クラスメイト達の呼び名が頭のなかを回り続ける。
慌てて鏡の方へと駆け出して、そこに写る姿に千秋の顔色はみるみる青ざめていった。
そこには、一ノ瀬千秋という少女……ではなく。
一ノ瀬千秋という、紛れもない王子様が写っていた。