悪魔なアイツと、オレな私
悪魔
「な、な、な、何これ!?」
心拍数が上昇する。耳の奥から聞こえてくる自分の声は、やはり何時もにも増して低い。
鏡の中の少年は、千秋が動くと同じ動きをする。
「うそ……何で?これが、私……?嘘よね!そんな、有り得ない!」
「そんなに気に入ったのか?どうだ?俺は良い仕事をするだろう?」
自分しか居ない部屋に降り注いだ声に顔を上げると、窓枠に足をかけて座っている男がいた。
肩につきそうな黒髪に燕尾服。大きなシルクハットを取ると、切れ長の深紅の瞳が千秋を見つめて鼻で笑う。
この珍妙な格好には見覚えがあった。
下校中に出会った変態。
「あ、あ、あ、あんた、どこから!?」
「こんな人間の作ったみすぼらしい箱など、一瞬で飛び越えられる」
箱?家の事だろうか?何にせよ、勝手に不法侵入しておいて、この言いぐさはないだろう。
「何開き直ってんのよ、泥棒!警察に今度こそ突きだして___」
「良いのか?俺は、お前の望みを叶えられるんだぞ。その証拠に、見ろ。今のお前の姿を。生まれ変わりたいたかったのだろう?」
男の言葉に、再び自分の体に触れてみる千秋。
千秋にあるものが無くて……無いものが___。
「いやあああ!ま、まさか、これ、あんたの仕業なの!?私が寝てる間に何したのよ!?」
「言っただろう。俺はお前の望みを叶えてやった。どうだ?生まれ変わりたかったんだろう?俺に感謝し崇(あが)め、平伏しても構わんぞ」
「望み……?何言ってんのよ、私はこんな姿になりたいなんて望んでない!元に戻してよ、この役立たずの不法侵入者!」
「やっ、役立たずだと!?ふざけるな、俺は人生一発逆転を狙い、生まれ変わりたいという、お前の望みを叶えてやっただろう!お前に相応しい体を与えてやったのに……それを役立たずだと!?」
「私は、治人に振り向いて欲しかったの!こんな、こんな姿になりたかったわけじゃない!さっさと戻してよ!」
窓に座る男に噛みつく勢いで抗議すると、男は腕組みして更に得意気に胸を張る。
ふふん、と鼻で笑いながら堂々と言い放った。
「それは、駄目だ」
「は?」
「契約は交わされた。お前は、その姿で想い人に好かれるか、想い人を作って結ばれるかしか無い」
……。
ちょっと待て。契約とは何なのか?
そもそも、この男の姿で想い人……つまり、治人に好きになって貰わないといけない、と言う事なのか。
「む、無理に決まってるじゃない!治人は男なの!私は女として治人が好きだったの!」
「別にその男でなくとも、お前が他に好きな奴が出来るなら、そいつと結ばれれば問題無い。その際に、その姿で居るか……元に戻るか、選ばせてやる」
「……もし、どっちも無理だったら?」
「俺がお前を喰うだけだ。安心しろ、その時は、女に戻してやる。男を喰う趣味は俺には無いからな。それに、女の方が美味い」
……。
千秋はぽかんと口を開けたまま、動けなくなってしまっていた。
それはそうだ。状況が把握できていない。
気がついたら男になっていて、それで治人と結ばれなくてはいけなくて。
それか、女を好きにならなければいけなくて……。
それが出来なければ、目の前の変態に……。
「いやああ!痴漢!変態!色欲魔!」
「なっ!?勘違いするな!俺が喰うのは、お前の生命力だ!死にたくなければ……、想いを添い遂げられるよう精進することだな」