悪魔なアイツと、オレな私
「あ……、亜里沙……」
目の前にいたのは幼馴染の頼れる存在、水野亜里沙だった。
昨日までの雰囲気となんら変わらない亜里沙の態度に、思わずいつものように千秋は彼女に抱きついていく。
「ありさー!」
はずだったのだが。
「朝から煩いのよ。それと、ハグ禁止。変な噂たてられるの嫌だから」
思いっきり腕を捕まれ押し返されてしまった。千秋がレオの方へと向き直ると、面白そうに二人の様子を眺めている。
「そうだな、変な噂をたてられたら大変だ。疑惑の関係、とかな」
明らかにからかっている口調のレオを睨み付けた亜里沙は、千秋を掴んだ手を解放した。
「幼馴染だからこそ言うけど、私は他の千秋のファンに目をつけられるのだけは嫌なの。誤解で殺されるなんて真っ平よ」
「そんな……、いつも一緒に学校行ってたのに?」
「……何言ってるの?千秋は、治人と行ってたじゃない」
「え……?」
思わず聞き返すような声が出てしまったが、亜里沙は別に変なことを言ったつもりはないようで、首をかしげている。
「治人、と……?」
「そうよ。高校入ってからは、千秋ずっと治人と行ってたでしょう?何?まだ寝惚けてるの?」
「えっと……、そ、そうだ、そうだった。あはは」
亜里沙が嘘をついている雰囲気はない。
だけど、千秋の記憶はまったくの逆だった。
中学の頃までは治人と、亜里沙と三人で帰ることが多かったものの、高校に来てからは治人とは登下校は別になっていた。
なぜ、こんな矛盾が……。
「記憶操作だ」
レオに背後からぼそりと一瞬耳打ちをされて、自分が自分でなかったと再認識していた。
いくら幼馴染と言えど、高校生にもなれば互いの友人との時間を優先したりする。
それが異性間なら尚更だ。
つまり、今の千秋で考えてみると亜里沙と距離を詰めるよりは、治人と詰めている方が自然な事だ。
……男同士なのだから。
この契約を分かってはいたが、亜里沙に距離をおかれた気がして少し切なくなった。
「お前は一ノ瀬千秋という男子生徒として、周囲の奴らの記憶を弄らせて貰った。これで、お前が、本当は女だと知るのは俺だけになったな。精々治人とやらを落とせよ」
レオは肩を震わせて笑っている。
彼が不自由させないと口にしていた意味をここにきて、漸く理解した。
手をさしのべてくれる様な奴ではないと分かっていたが、不自由させないというのは、そういう意味だったのか。
この男は、本気で契約を結び……そして、それが無理なら、千秋を喰うつもりでいるのだ。
冗談じゃない。
千秋は、レオの事を置いて足早に歩き出していた。