社長は今日も私にだけ意地悪。
1.

ーーはあっ、はあっ。

息を切らしながら、まだ見慣れない景色を横目に私は走る。
ビルが立ち並ぶ、いわゆるオフィス街。
約百メートル先に見える、真新しい二十階建てのオフィスビルが、今日から私が働く職場。

指定された入社式の時間まではあと一時間もあるというのに、今日からあそこで働けることが嬉しくて、着慣れないスーツで無意識に走り続けている。



ーー『スターエモーション・マネジメント』。
芸能タレントや音楽家の育成及びマネジメントを主な事業活動とした芸能プロダクションだ。
私は今日からここの社員。


まずは二階の総合受付に行かなければならない為、一階のエントランスの正面奥にそびえるエスカレーターを目指す。

おはようございます、おはようございます! と、行き交う人達全員に元気良く挨拶をしてみる。
全員が同じスターエモーション・マネジメントの社員とは限らないけれど、このビルに入っているオフィスは全て『スターエモーション・グループ』の関連会社なのでお構いなし。


「おはようございます! おは、あっ」

しまった。挨拶をしながら目線があちこちに移動していたせいで、正面から歩いてきた男性にぶつかってしまった。
その衝撃で、男性が手に持っていたと思われる手帳や書類が床に落ちてしまった。


「す、すみません! 余所見をしていてーー」

慌ててしゃがみ込み、男性が落とした物達を拾い上げる。
男性の方も「いや、僕もちゃんと前を見ていなかったから」と優しい声でそう言ってくれながら、私と同じようにして荷物を集める。

その声に反応して顔を上げると、やっぱりそうだ。

「社長ーー」

その人は、スターエモーション・マネジメントの社長、星崎 圭(ほしざき けい)さんだった。
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