社長は今日も私にだけ意地悪。
「あ。そういうことですか」

私が妙に納得して頷くと、木崎さんは「勝手なこと言ってるなよお前ら!」と怒った。


でも、歌い手にとってはれはとっても大事な気持ちだと思う。私が今まで心を揺さぶられてきた歌手やアーティストは皆、歌が上手いとか得意とかそれ以前に、歌が好きで好きでたまらないっていう人達ばかりだった。


「十四時五十五分……皆さんの出番まであと五分です」

腕時計を見ながら四人にそう告げる。ドラムやキーボードやアンプの準備は、実行委員会の人達に協力してもらい、既にステージに並んでいる。


客席の方をちらっと覗くも、これから始まる彼等のライブを心待ちにしていそうな人は、当然だけど全然いない。

ステージ前にいくつかパイプ椅子を用意してみたけれど、座っている人はゼロ。
毎年子供達に大人気のヒーローショーも午前中に終了してしまっているからなのか、ステージに興味を持って寄ってくる子達の気配もない。

だけど今日はそれでもいいだろう。自分達の曲を、この青空の下で思いっ切り歌ってきてほしい。


すると突然井ノ森さんが「皆で円陣組もうぜ!」といつもの明るい声で言ってくる。
いいですね、と反応したのは私だけで、他の三人はしらっとしている。話によると、今までも路上ライブは何度もしてきたけれど、円陣なんてものは一度もしたことがないらしい。


「いいじゃん、しようぜ! 事務所に入ってからは路上ライブも禁止されて、凄い久し振りのライブなんだし! 気合い入れていこうぜ!」

井ノ森さんが半ば強引に三人をかき集め、肩を組む。私も間に入って、井ノ森さんに協力した。


「井ノ森さん、せっかくですからカッコいい掛け声をお願いします!」私がそう言うと、彼は「任せておけ!」と即答。

そして彼は、すぅっと息を吸い込んだ後、元気良く。


「一生懸命頑張るぞ~! お~!」

おー! と後に続いたのは私の声だけだった。他の三人はやっぱり無言だ。


「何で! 何か言えよ、お前ら!」

「全然カッコ良くないだろうが! 脱力するっつうの!」

木崎さんのツッコミに、白石さんと青野さんも頷く。


そうこうしているうちに、実行委員会の方が「そろそろいいですか?」と声を掛けてきた。


すると白石さんから「もういいから、芽衣さんが掛け声やって」と言われる。


え、え? と戸惑いながらも、その大役を私がやらせてもらうことにした。


「では皆さん! 初仕事頑張ってきてください! えいえいえおー!」


おー……と、井ノ森さん以外の三人の返しはいまいちの反応だったものの、円陣は終了し、四人がステージに上がっていく。
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