社長は今日も私にだけ意地悪。
それでも、社長に促されるがままに、ビルの裏に停めていた彼の車の助手席に乗ってしまう私は嫌な女だ。

まるで、彼に恋人がいるなんて知らないフリをしているようだ。


車がゆっくりと走り出す。
ブラックの大型セダンは驚くくらいに静かで、シートの座り心地が良い……のに、さっきから緊張しっぱなしで硬直していた。


「急に誘って悪かったな」

真っ直ぐに前を見つめたまま、社長が私にそう言ってくる。


「い、いえ！ あっ、社長こそ、出張お疲れ様でした！」

しまった、開口一番に言わなければいけなかったであろう言葉を、今更伝えてしまった。社長は特に気にする様子もなく「ああ」と答えたけれど。


「……社長は」

「え？」

「どうして、出張から帰ってきたその日に私のことを誘ってくれたんですか……？」

恥ずかしいのに、聞かずにはいられなかった。
きっと、大した理由なんてない。暇潰しとか、思いつきとか、そんな理由に決まっている。

……寧ろ、そうであってほしかったのに。


「ずっと会いたかったから」


……どうして、そんなことを言うの？
そんなことを言われたら、期待しちゃうじゃないですか。
< 84 / 154 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop