社長は今日も私にだけ意地悪。
無意識に、今日何度目かの溜め息を吐いてしまっていたようで、隣の席の佐藤さんから「溜め息多すぎ。何かあったのかよ」と言われる。
「あ、すみません。何でもないです……」
そう答えるしかなかった。まさか〝社長にキスされて落ち込んでます〟なんて言える訳がない。
「ならいいけど。あんまりしけった顔で仕事するんじゃねーぞ」
「……あの、佐藤さん」
「何だよ」
「男性って、好きじゃない相手にも平気でキス出来るものなんですか」
私の唐突な質問に、佐藤さんは「は、はぁ⁉︎」と驚いた様子で声を荒げる。
私もすぐに自分が発した質問の恥ずかしさに気付き、「何でもないです!」と答えるけれど。
「……よくわからんけど、まあ、そういう男は多いんじゃねーの」
彼は戸惑いながらもそう答えてくれた。
……そうか。やっぱりそういう男性はいるよね。
胸がズキズキと痛む。
思わず顔を俯かせて黙り込む私を不審に思ったであろう佐藤さんはもう一度「何かあったのかよ」と聞いてくれるけれど、どうしても答えられない。
「……まあ、どこのどいつのことで悩んでるのかは知らねえが、ロクな男じゃないことは確かだ。今のお前は、そんなくだらねえ男のことを気にしてる場合じゃないだろ」
「え?」
「二ヶ月後はRED searchのミュージックインホームに出演だぞ。これを機にRED searchの知名度がボンと上がってもおかしくねえ。その為に今お前がやるべきことはたくさんあるだろ」
確かに……。
告知、宣伝、打ち合わせ、挨拶回り……。私が彼等の為にすべきことは山ほどある。
佐藤さんらしい、ちょっとぶっきらぼうな喝の入れられ方に、今は何だか救われた気がした。
「佐藤さん、ありがとうございます。頑張ります」
彼はやっぱり素っ気なく「へいへい」と答え、パソコンの画面に視線を戻した。
私は、再び仕事に取り掛かる前に携帯を取り出した。
ーー社長のプライベートの連絡先はブロックしよう。