ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間
プロローグ
寝返りを打つとカーテンの隙間から陽の光が差し込んでいた。
村上沙希はその眩しさを恨めしそうに薄らと眼を開ける。
――朝か…もう起きないと
が、くるまった毛布の温もりが心地よくて気持ちが揺らぐ。
あとちょっとだけ、こうしていたい。
「ほら、早く起きないと遅刻するぞ」
不意に躊躇する沙希の体が揺すられた。
急かしたのは同棲している彼、関口修一だ。
毎朝、こうして起こしてくれるのは彼の日課になっている。
沙希は気力を振り絞って体を起こし、両腕を大きく広げて背伸びをした。
1月初旬だが、冷気を感じることはない。
修一が沙希を起こす10分前から、エアコンを適温にセットしてくれているからだ。
眠い目をこすってダイニングに向かうと、焼きたてのパンと珈琲の香りが迎えてくれた。
朝食の支度……これも同棲以来の彼の日課だ。
「じゃ、俺は先にシャワー浴びるから。」
そう言うと、修一はせかせかとバスルームへと向かった。
沙希は欠伸しながら修一を一瞥すると、テーブルの前の椅子に腰掛けた。
――いい匂い
今では当たり前だが、出来立ての朝食に労せずしてありつけるのは有り難い。
満足気にパンを一口かじりながら、定位置に置かれたリモコンでテレビの電源を入れる。
画面では若い俳優と女優の電撃入籍のニュースが流れていた。
「お互いに溺愛してるんです!
結婚できて、とっても幸せです!」
その女優は指輪をカメラにかざしながら、向けられたマイクに喜色満面になって答えている。
――溺愛…?
逆らうつもりもなかったが、そのフレーズに疑問符がついた。
相手の男は巷で人気の将来を嘱望された若手俳優だ。
某有名大学を出て理知的な上にイケメンだし、男らしい雰囲気から好感度も高い。
女子なら誰もが羨むに違いないし、理想のハイスペック男と言っても過言じゃないはずだ。
が、お互い溺愛というのはどうだろう。
お互い溺れてしまったら、沈むだけではないのか?…
私は、溺愛はしない。
かといって、されるものでもない。
溺愛は、させるものだ。
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