ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間
ブルが満を持したようにパグに目配せする。
パグはニタニタ笑いながら胸元から封筒を取り出すと、ブルにサッと手渡した。
封筒の中身は一枚の写真だった。
その写真の端を掴むと、ブルは私に向かってヒラヒラと揺らして見せた。
写真に写っているのは、抱きしめ合っているポメと私。
「君には恋人がいるね。
たしか、関口君と言ったかな?」
――ハチ?…の存在を知られてる?
――それに、あの写真……一体、誰が?
突如、鼓動が早鐘を打つ。
息が詰まり、生唾を飲み込んだ。
沙希のうろたえ様にブルとパグの口角が上がる。
「村上君」
さっきより声のトーンが低い。
「彼にこの写真を見られたら…
君も困るだろ?」
マズい。
それは、絶対にマズい。
ハチにこの写真を見られたら、今までの飼育が水の泡だ。
せっかく一年も育ててきたというのに…
汗がこめかみを滴り落ちる。
今更後悔しても遅いが、社内での情事は迂闊だった。
「無理にとは言わんが…」
ブルが確信に満ちて笑う。
もちろん受けるだろ、と。
「わかりました。
できるかどうかはわかりませんが、
やるだけやってみます。」
渋々承諾する私にブルが念を押した。
「くれぐれもこの事は内密にな。
社内で噂が広まるようなら、
即この写真は恋人の彼に送られることになる。
もちろん、説明書付きで…な」
拳をギュッと握る。
不本意だが仕方ない。
悔しさを悟られまいと下唇を噛んだ。
「話は終わりだ。
早速だが、自分のデスクを片づけて
営業企画部へと行ってくれ。
向こうには話はつけてある。」
既に段取りはできていた。
どうやらシナリオ通りに進んでいるようだ。
――それにしても、一体、誰があの写真を?
何にしても今はブルに従う以外に手はない。
部署に戻り、自分のデスクの荷物を段ボールに詰め込む。
見てないフリの周囲の眼が四方から突き刺さった。
時期外れの突然の異動など、後で尾ヒレの付いた噂が飛び交う事は容易に想像できた。
だが、今はもうそんなことはどうでもいい。
何とかして切り抜けなければ、ハチとの未来はない。
かくして私は段ボール一つを抱えて営業企画部へと移動することになった。