ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間



ハチの激昂ぶりに返す言葉もなかったが、沙希とて訊かないわけにもいかなかった。
先ほどの子猫とのツーショットを黙って見逃すことは到底できない。 


尋問は無理だとしても、状況確認はできる。
シャワーヘッドから水が出る音を確認すると、沙希はクローゼットに向かい、スーツに顔を近づけた。


もしも、子猫とハグでもしてたら、香水の匂いや口紅の跡が残っているはずだ。
だが、スーツ、ネクタイ、シャツからは証拠は見当たらなかった。

次にテーブルに置いてある携帯が目に入ったが、さすがにそれは止めておいた。
恋人ではあるが、モラルは守ろうと自分に言い聞かせる。

が、代わりにあることに気が付いた。
たしか、あの交差点を歩いていた時は、ハチは大きな紙袋を手に持っていた。

明らかに仕事で使うものとは思えなかったが、それがない。  


――まさか、子猫に?

――プレゼントでもしたのだろうか?  


子猫は電話であのコートがまだ売れ残っていると言っていた。
まさか、あのコートを子猫にプレゼントしたってことはないだろうか。


あくまで想像の域を脱しないが、あった物がないのはおかしい。
あんな高価な物を私にではなく、子猫に?
どうあがこうが不安で埋め尽くされた心の波は簡単には引いてくれない。


まだシャワーの音がするバスルームに向かって沙希は内心願う。  


――ハチ、信じていいんだよね?  


バスルームから出てきたハチにどう顔向けしていいかがわからなくて、沙希は早々に布団を被った。
しばらくすると、シャワー音が止まり、続けてハチがバスルームから出てきた音がする。


聞き耳を立てていると、冷蔵庫を開け、缶ビールのプルトップをあげる音がした。
その後、いきなり沙希の部屋のドアが開いた。


背中を向けている沙希に、怒ってるとも怒ってないとも取れる口調でハチは「おやすみ」とだけ言うと、ドアをゆっくりと閉めた。

気後れしたためか、ドアを閉める直前に「おやすみ」と慌てて返したが、ハチに聞こえたかは微妙だった。  


明日、どんな顔で接すればいいんだろうと頭を悩ませると、しばらく寝付くことはできなかった。


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