ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間
木曜日の散歩

ハチ




朝、目が覚めるといつものようにハチが目の前にいた。
寝ぼけた沙希は昨晩のことが一瞬頭になかったが、  


「朝だぞ」  


という素っ気ないハチの言葉に、瞬時に記憶がよみがえる。
その態度を見る限り、ハチもまだわだかまりが残っているようだった。


別段、会話もなく、いつものように支度していつものように二人揃って家を出た。
ただ黙り込んでいるハチにどう話しかけていいかとためらい、気まずい雰囲気だけが続く。


このまま会話もなく仕事に向かうのかと改札を出た時だった。  



「あのさ、
俺、やましいこと一つもないから。
お前に隠し事するくらいだったら、
最初から同棲なんてしないよ」  


ハチが振り返って真顔で言う。
周りの目も気にせず、胸を張って堂々と想いを伝えるハチ。

突然のことに返す言葉に困って沙希が黙っていると  



「俺の言葉が足らなくて、
誤解させたんだとしたら、謝る。
けど、俺を信じろ!」  


ハチは真っ直ぐに沙希を見て、それだけ伝えるとまた踵を返した。
ハチの意外な行動にまた気後れして、ただ今度はちゃんと伝わるようにと大きな声で返した。  


「修一~ ありがとう~
仕事、頑張ってね~!」  


と叫ぶと、ハチの足が止まり、振り返った顔はいつもの笑顔に戻っていた。  


「おう。行ってくる。 お前も頑張れよ!」  

返してくれる言葉も口調もいつも通りだった。
いろいろ疑ったけど、ハチの言葉を信じたい。


と同時に、外敵からの攻撃にも警戒しないといけないと気を引き締める。
攻撃は最大の防御という言葉をあるスポーツ番組で聞いたことがある。
いっそのことこちらから子猫に釘を指すほうが効果的かもしれない。


とそこで、陽子のことが頭に浮かんだ。
今日のランチで相談しようと思いながら、沙希は会社へと向かった。




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