ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間

シェパードとコリー



「本日付けをもって、
総務部から移動になりました村上です。

 経理以外は未経験ですので
ご迷惑を掛けるかもしれませんが
宜しくお願い致しま~す。」


パグに引率されながら、営業企画部のドアを開けてやぶからぼうに叫んだ。
が、何も返事はない。


営業企画部と言えば、明るく活発なイメージだったが、予想とは違っていた。
各デスクがパーテーションで仕切られていて、キーボードを打つ音だけがゲリラ豪雨のように鳴り響いている。


呆気に取られて立ち尽くしていると、一番手前のデスクの二人がパグと私に気がついた。
こちらを一瞥すると声を掛けることもなく、またパソコンに視線を戻す。


二人とも見るからに社交的には見えない。
朝から晩までパソコンとにらめっこしている感じだ。


――いつもこんな感じなのかな?


沙希は勝手な想像を巡らせながら、歩を進めるパグの後についていく。
フロアの一番奥まで行くとパグが足を止めた。



「大和部長、
今日から異動となった村上君を
連れて来ました。」


社内で何度か見掛けた程度だったが、目の当たりにすると思わず息を呑んだ。


親子ほど歳の離れた重役と談笑する男は、その若さで上り詰めたオーラを身に纏っている。
ダークグレーのスーツを見事なまでに着こなし、赤と銀のギンガムチェックのネクタイと胸元の赤いスカーフがワンポイントで際立っていた。


オーダーメイドなのだろう。
見上げる程の身長、広い肩幅、厚い胸板にピッタリとスーツが馴染んでいる。


二回りは歳が離れているだろう重役と冗談を交わしていたが、私達に気がつくと重役を促してフロアの中央まで送っていった。
その歩く立ち振る舞いもキリッとしていて無駄がない。


一言で言えば、「デキる男」だ。
席に戻ると、彼は咳払いを一つ入れて挨拶した。


「部長の大和武士(やまとたけし)です。
歳は若いけど、中身は名前の通り古風な男です。
これから一緒に頑張ろう」


堂々とした風格、精悍な顔つき、そして凛々しい瞳。
彼は……まさにシェパードだ。


勇猛たる警察犬然り、視線は真っ直ぐに私を捕らえている。
そのオーラに私は身動きが取れない。


――大抵の女子はこの眼差しから逃げられない…だろうなぁ。


危うく任務を忘れかけて、ハッとする。
座敷犬に手を噛まれてからまだ間もないというのに…。
少しは自粛しないと…


我に返ったところで、ふと疑問が湧いてくる。
本当に彼が情報漏えいに関わっているのだろうか?
私が見る限り、誠実という言葉しか浮かんでこない。


まぁ、でも人は見かけによらないってことも日常よくあることだ。
とりあえず、はいやってます的にシッポを出すようなマヌケでないことは確かだ。


ただ彼とどう親しくなればいいんだろう?
部長席は一番奥にあり、用がなければ近づくこともままならない。
それに部長ともなれば、そうそう話をすることもなさそうだし…


――やっぱり、これ…無理なんじゃない?


と諦めかけた瞬間、口角を上げるブルが脳裏を過ぎった。


《色仕掛けでせまればいいじゃないか?》


状況を見る限り、どう考えても打つ手はそれしかない。
が、相手はシェパードだ。
追わずともすり寄ってくる女は少なくないだろう。


間違いなく女には慣れてるはず。
一筋縄ではいかないことは推して知るべし、だ。



ならば、いっそのこと、強気な女を気取ってみようか。



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