ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間



「いえ、そうではないんですが…」  



「俺はてっきり
その相談かと思って
そう決めてきたんだけどな。

でもまぁ、
君は担当から外す。

これは君がどうこうじゃなくて
俺が軽率だったんだ。
鷲尾の担当には早すぎたかもしれない」  



――軽率だった?  


シェパードの言葉に、初めて接待の時に思った疑問が泉のように湧きあがった。  



「部長は何で
私を担当にと思ったんですか?」  



「君が適任だと思ったからだよ。
それ以外の理由はない」  



「何で適任だと…思ったんですか?」  



「女だからだよ」  


即座に答えたシェパードの言葉に耳を疑った。


やはりだ。
シェパードは道具として私を使ったのだ。
ハスキーの言う通り、社員は会社の駒なのだからそれは理解できる。


が、頭では理解しても、シェパードが非情で手段を選ばない男だということがショックでもあった。
思ったままの質問が、憤りと相まって口を出る。  



「鷲尾会長用として、
女だから私を担当に…
ということですか?」  


沙希の敵意を無視してか、シェパードは前を向いたまま淡々と答える。  



「ああ、そうだ。
あいつは女癖が悪いからな。
君が担当になれば、
交渉はしやすいと思った。
ただ…それだけさ」  



――ん?


――何か、おかしい


――嘘ついてない?  



一度は憤っては見たものの、シェパードの上ずった声のトーンと口調に沙希は違和感を感じた。
悪びれているだけで、本当は違うんじゃないの?と女の感が神経を尖らせる。  



「本当に…
それだけ…ですか?」  



「本当だよ」  



――やっぱり、おかしい  


シェパードは取り繕うように言い訳を続けた。  



「いや、単に女性だから
というだけじゃない。
君を初めて見たとき、
圧力に屈するようには感じなかった。
だから、担当にしたんだ」  



「圧力に屈する?」
新川恵美のことが脳裏を過ぎった。
「誰の事ですか?
前に屈した人がいるんですか?」  


シェパードは答えない。
しばしの沈黙の後、沙希が意を決して口を開く。  




「新川恵美さん… じゃないんですか?」  


怪しい物音に警戒した犬が耳だけピンと張るように、シェパードの黒目だけがサッと沙希に向いた。  



「私、聞いたんです…
 というか、聞こえてしまったんです。
前にいた新川さんのこと。
彼女、担当だったんですよね?」  


聞いたと言ってから、偶然だったんだ、に切り替えた。
私情が絡むだけに、いくらシェパードといえども激高して情報源を探すかもしれないと思ったからだ。


今度は目だけではなく、ゆっくりと体も沙希のほうに向けたシェパードが言う。
その口調は努めて平静を装っているように見えた。



「彼女は、関係ないよ」



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