ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間
決戦日の散歩
沙希
そして、迎えた決戦の日。
ハチが起きる前に、沙希はキッチンに行き、ハンバーグを食べた。
ツナギを減らし、玉ねぎを多めにしたハチ特製のハンバーグ。
事と次第によっては、二度と食べられない味だ。
しっかりと咀嚼し、味を噛みしめる。
最後の一口を飲み込むと、悲壮感ではなく、沸々と闘志が湧いてきた。
二度と食べられないだなんて、戦う前からそんな弱気では勝てるはずがない。
窮鼠猫を噛むという言葉がある。
ネズミだって追い込まれたら、猫に嚙みつくではないか。
子猫に一泡吹かせてやろうぐらいの意地はまだ残っている。
気持ちを奮い立たせ、自分を鼓舞し、闘志を胸に秘めて沙希は家を出た。
早朝に家を出たのはプレゼン資料の最終確認の作業が残っているからだ。
外はまだ薄暗く、冷気が肌に突き刺さる。
マンションを出て、ハチが眠っている部屋を振り返って見上げた。
願掛けでもあり、決意表明でもある書き置きをテーブルに残してきた。
もうすぐ起きて、ハチはその書き置きを目にするだろう。
その内容に深い意味があるとは、ハチは知る由もない。
できれば、知らないほうがいいのだ。
そして、私が負ければ、ハチはその意味を知ることもなく、全てが嘘だったと嘆き、悲しみ、私を恨むだろう。
――私、負けないからね
ハチに行ってきますと告げ、手ぐすね引いて待っている子猫に照準を合わす。
今頃、勝利を確信している子猫は、さそかしいい夢を見ていることだろう。
夢なら夢で終わらせてあげようではないか。
――待ってなさいよ、子猫
と決意を固くし、駅へと力強く歩き出した。