ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間
「この子、 可愛いよねぇ。
最近、アイドルデビューを
したらしいんだけどね。
魚谷君、知ってる?」
と子猫のピースサインの写真をコリーのデスクに置いた。普通に知ってる?と訊けば、この状況を察して条件反射で言うのは目に見えている。
僕は知りません、と。
だから、敢えて嘘をついた。
しかも、コリーが慌てふためくであろう嘘を。
見た瞬間、コリーは目を見開き、「あっ」と口から洩れている。
驚きおののく態度が、もちろん知ってますと言わずとも伝えていた。
「亜里沙さん」
やはりだ。
コリーは子猫を知っていた。
名前が違うのは、源氏名でしか接していないということだろう。
ということは、二人がまだそんなに深い仲ではないことまで推測がつく。
その証拠に、コリーはいとも簡単に口を割った。
というよりは、コリー自身がこっちに問いたい風でもある。
嘘の効果が覿面だったことに、こちらもテンションが上がる。
「何で?」と訊こうとするコリーを遮って、こちらから先に仕掛けた。
「え? 知ってるの?」
「知ってるも何も
この前、話したじゃないですか。
最近連絡くれるようになった…
その子です」
「え~、
魚谷君の彼女って
アイドルだったんだぁ」
感嘆の声を張り上げる沙希に、コリーは怪訝な表情で呟いた。
「アイドルデビュー
…ですか?」
「そうなのよ。
実を言うと、私…
アイドルオタクなのね。
可愛い子には目がなくって…
知りたかったんだぁ、
この子のこと」
ここ数日の出来事で、推察力と交渉力、そして演技力も飛躍的に向上したのではないかと沙希は内心自画自賛する。
対するコリーは、眉間に皺を寄せる。
今、彼の頭の中はパニックになってるに違いない。
「いつですか? デビューしたのって…」
「さぁ、わからない。
私も友達伝いに聞いただけだから。
あ、アイドルは恋愛禁止だろうから
私、誰にも言わないから安心して。
でも、スゴいじゃん。
彼女がアイドルだなんて…」
「え? ええ、まぁ…」
表向きコリーは頭を掻いて照れてはいるが、気後れした返事から察すると心中は穏やかではないだろう。
それもそのはずだ。
仲良くなって、さあこれからという時に相手は何も告げず、自分とは違う世界に飛び込んだのだから。