ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間



「すべてはわしの責任だ。
 今がこうなったのも、過去のことも、な。

 武士、お前が中学生に上がった時だ。
 わしは経営が破綻しかけた会社のために
 資金繰りに奔走していた。

 綺麗事に聞こえるかもしれんが、
 社員を、社員の家族を守ろうと
 本気で思っていた。

 そこに、悪魔が囁いたんだよ。
 『雅子をよこせ』とな。

 わしは最初は聞く耳を持たなかった。
 が、もう銀行は金を出してはくれん。
 困り果てたわしは、
 あいつを渡したんだ。
 金と引き換えにな。

 その時はもうあいつの腹に
 由紀恵がいたんだ。  
 が、あいつは言わんかった。
 俺に黙っていたんだ。  

 それを知ったのは、それからずいぶん後だ。  
 何故言わなかった?と問うても
 あいつは何も言わなかった。  

 たぶん、それを知れば、
 わしは渡さんかっただろう。
 あいつには、それがわかっていた。
 身籠っていることを言えば、
 私を選ぶに違いない、と。
 生まれてくる子を選ぶ、と。  

 じゃ、代わりに社員が路頭に迷う。
 自分さえ我慢すれば、耐え抜けばと
 覚悟を決めていたのかもしれん。  

 そんなあいつが生んだ子を
 わしには黙って見過ごすことは
 できんかった。  

 せめて子供には…
 不自由な思いはさせたくない。
 もちろん、お前にも、な」  



土佐犬の頬を溢れた滴が伝う。
シェパードは、土佐犬の方を向いたまま微動だにしなかった。

が、拳をギュッと握りしめるのを沙希は見逃さなかった。彼の中に潜む積年の思いは計り知れない。  


「だから、陰から援助していたんだ。
 お前たちが困ったときにはな。

 が、由紀恵は
 わしが父親だということを知らん。
 ただの聞き分けのいい爺さんだと
 思ってることだろう。  

 それが仇になった。
 2年前に由紀恵のいうことを
 真に受けてしまった。  

 恵美さんが悪い女なんだ、と。
 お兄ちゃんが不幸になる、と。  

 もちろん、あいつが事実を知ってれば
 わしにそんなことを
 頼んでは来なかっただろう。  

 だが、わしは怖かった。
 真実を話したときに
 あいつは、わしを恨むかもしれん。

  や、恨まれても仕方がないんだが…
 あいつが離れてしまうことが、  
 怖かった……だから、黙った。

 そして、信じたフリをしてしまった。
 それ故、お前と恵美さんを傷つけたんだ。  

 ただ一つ、誤解を解きたいのは、
 あれはあれなりにお前を想ってのことだ。
 お前を守ろうとしたのかもしれん」  



これにはさすがに黙っていたシェパードが口を挟んだ。  

「じゃ、2年前のことは
 由紀恵が自然と絡んでたってことか?」  


「あいつを悪く思うな。
わしが親バカだっただけの話だ」  


「そんな話…信じられるか。
 何で、いまさら…」  


そう言いかけたシェパードがハッと顔を上げて、ワナワナと震えている。


「今だからこそ、言えるんだ」


そう諭す土佐犬がシェパードの想像を代弁するかのように答えを告げる。  



「お前の思った通りだ。
 一緒だったんだよ、
 お前のお母さんと……」  



恵美は耐えていた。
耐え抜こうと覚悟していたのだ。



なぜ?



そこまでして?




     
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