ワンだふる・ワールド ～飼育系女子の憂鬱な１週間

子猫

しっかりと頷く沙希に、タイミングを計っていたかのようにメールが届く。

送り主は子猫だった。  


《外で待ってるよ》  


大きく息を吐いて、早まる鼓動を抑える。
土佐犬に会釈をし、襖を閉め、出口へと向かう。

お幸せにという土佐犬の言葉が、背中を押してくれた。
自らを鼓舞し、闘志が燃え上がる。

そう。
そうなのだ。
私は負けるわけにはいかないのだ。

幸せになるために。      



門をくぐり、外に出ると、すでに雨が降っていた。  


「困っちゃうよねぇ、
　余計なことしてくれちゃって…」  


子猫が、目の前に立っていた。

すでに、事の顛末は知っているようだ。
口元は笑っているが、目は笑っていない。

当然だろう。
何よりも欲しかったお兄ちゃんは、恵美の手に渡ってしまったのだから。  


「なるべくして、なったの。
　私は何もしてないわ」  


「だから、ダメなんだって。
私は秘書になりますって
　言わなかったんでしょう？」  


「そんなことしたところで…」  


そう言いかけたところで、子猫が遮る。  


「失敗したらどうなるかって
　言ってあったよねぇ
　あ、もう忘れちゃった？」  


携帯の画面をこっちに向けたまま、子猫が笑う。  


「私が失ったんだから、
　あんたも同じように失わないとね」  


「由紀恵さん、
　あなたは何も失ってないの」  


「何、言っちゃってるの？
　往生際悪いよねぇ
　ほんっと、あの女そっくり」  


「あなたと部長は本当の兄弟なのよ。
　血は繋がってるの」  


「嘘よ。
　この期に及んでそんなデタラメ
　通用すると思う？」  


「嘘じゃないの」  


声の限り、叫んだ。
が、沙希の懸命の説得も、常軌を逸した子猫には届かない。


どうすれば、わかってくれる？
や、最初からわからせること自体が無理なのだ。 相手はわかろうとしてないのだから。  


数奇な運命に翻弄されたことを考えれば、子猫とて被害者なのかもしれない。
彼女だって、育った環境が違えば、これほど歪んではいなかっただろう。    


「わかったわ。
あなたがそうしたいなら、
　そうすればいい。
　でも、
　私が修一を失うか失わないかは
　彼次第だから。
　やりたきゃ、やりなさい」  


もう手段はない。

狂った女の情念を止める術などないのだ。


沙希が腹を据えたその時、背後から声が飛んだ。