ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間
ハスキーの名は、海老沢勇次。
彼との事は大学時代に遡る。
始まりは静かなものだった。
上京したての無垢な私に、同じマンションに住む彼が優しく声を掛けてくれたことだった。
右も左もわからない慣れない都会で、彼の優しさに恋を覚えるのにそう時間は掛からなかった。
毎日が満足で、どこに行くにも新鮮で、全てが幸せで。
この幸せはずっとこのまま続いていくんだと信じて疑わなかった。
が、終わりはあっけなく訪れた。
3年半も付き合ったのに。
ある日、突然呼び出された私に彼はあっさりこう告げたのだ。
好きな人ができたから別れてほしい、と。
あまりにも惨めだった。
信じていた男が見ず知らずの女にシッポを振って付いていく。
あの光景は今でも鮮明に覚えている。
というよりは、瞼に焼き付いている。
20歳の無垢な女にとってはそれだけ衝撃的なシーンだった。
だけど、恨むべくはハスキーでもその女でもない。
自分の愚かさだ。
そんな馬鹿な男を未来永劫信じようとしていたのだから…
以来、私は飼育系女子になった。
こんな辛い思いなんか、二度としたくなかったから。
だから、今がある。
彼のおかげで大人の階段を登ったのであれば、むしろ恨むよりも感謝すべきなのかもしれない。
反省のつもりなのか、罰が悪いのか伏し目がちなハスキー。
大した傷じゃない、そう言いたかった。
でもまぁ、彼にはいい薬になるだろう。
悪戯心でもなかったが、しばらくこのまま無視して懲らしめることにした。