ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間
沙希の故郷は、静岡県の御前崎市だ。
陸の孤島と呼ばれる御前崎市は電車すら走っていない。
新幹線で静岡駅まで行き、静岡駅からバスを乗り継いで帰る。
途中、陽子にラインを送る。
《ごめん、お父さんが倒れて静岡帰るから
ランチは行けなくなったの》
すぐさま、ラインが返ってきた。
《わかった。お父さん、大丈夫?》
《まだ連絡なくて、わからないけど、
御前崎の総合病院で検査するから》
《わかった。お大事に》
陽子には申し訳ないが、今はそれどころではない、。
ラインを打ち終わると。窓から見える景色を眺める。
帰郷するときは、いつも馴染んだ街並みを見て帰るのが好きだった。
が、今日は違う。
父が倒れ、ハチはもう去ってしまった。
流れる景色を見ていると、自然と涙がこぼれていた。
前の席でお母さんに抱っこされてる子供が不思議そうに眺めていた。
涙を拭き、無理矢理に笑顔を作ってゼスチャーする。
笑ってくれた子供を見て、また涙がこぼれた。
今の自分に、この純真無垢な笑顔は悲しみを増やすだけだ。
バスは進み、御前崎総合病院に到着する。
着いたと同時に駆け下り、病院へと走って中へ入った。。
ナースセンターで病室を聞き、早足で教えてくれた通りに廊下を進む。
病室の前で一呼吸おくと、ゆっくりと中を窺うようにドアを開けた。
「お~っ、沙希。
なんだ、どうしたんだ?」
横になって昏睡状態を想像していた沙希は、父の元気な姿を見て面を食らった。
「や、あの…
倒れたって聞いたから…
何、全然元気……そうじゃん」
「大袈裟だなぁ。
ちょっと立ち眩みがしただけだ。
それとも、あれか?
俺に早く逝ってほしいのか?」
漁師の父、和夫は仕事柄がさつな面がある。
悪気は無いが笑えない冗談を飛ばし、さも面白いことを言ったという顔で笑い飛ばした。
とりあえず、良かった。
胸の支えが取れたように力が抜ける。
「もぉ~、ビックリさせないでよぉ。
ほんと、心配だったんだからぁ。
で、検査は大丈夫だったの?」
「おー、バッチリ!
異常なしだ!」
大笑いしている父は、体も大きく、大らかな性格のセントバーナードだ。
昔は相当ヤンチャな性格だったらしいが、今はだいぶ落ち着いている。
そこへ母の千津子が戻ってきた。
緊急事態だと伝えた張本人に散々愚痴を言ってみたが、当の本人は、それは結果論でしょ?と気にも留めていない。
まぁ、結果が良かったから、こうして笑っていられるのは事実だ。
しばらく談笑していたが、千津子から買い物に付き合ってと頼まれ、二人で車に乗り込んだ。
買い物を済ませて、家に向かう途中、海岸線を通った際に千津子が不意に車を止める。
あ、ちょっと貝殻拾ってきていい?と言い、返事も待たずに砂浜へと降りていく。
沙希も車を降り、辺りを見回す。
いつも帰ったところで、海岸までは来ることはない。
久々に味わう磯の香りが心地良かった。
少し離れたところで、千津子が手を振っている。
砂浜へ降り、一緒に貝殻を拾った後で、防波堤に腰を下ろした。
「何? 何か、あったの?」
海を見ながら、千津子が訊く。