ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間
ハチ
――何で?
――ここに、ハチが?
驚く沙希にハチがゆっくりと歩を進める。
何を言われるのかとドキドキしていると、ハチはいつもの優しい笑顔で言った。
「お父さん、大丈夫そうでよかったな」
――何でお父さんのこと知ってるの?
――写真は?……どうなったの?
返す言葉が見つからない。
状況がまったく掴めない。
知ってたとして、敢えて知らぬフリをしているんだろうか?
いや、あの写真を見た後で、平常心ではいられないはずだ。
「ありがと。」
何でここに?とは、やはり訊けない。
代わりにハチが口を開く。
「で、お前、冗談は程々にしろよ。
あれ、本物って思っちゃうぞ。
写真見た瞬間、ビックリしたんだからな。
大和さんまで仲間になって
写真送って来たりして…
今日は休んでたから
文句も言えなかったけど…
仲間内とはいえアイコラ写真でドッキリって
趣味、悪過ぎるぞ」
――アイコラ?
――ドッキリ?
意味がわからない。
「そうね」と相槌を打ちながら、頭の中は騒がしく推察する。
何がどうなってるんだろう?
すると、ハチが四角の封筒をポケットから出し、沙希に手渡した。
「ドッキリだって教えてくれた人が
お前に渡してくれって」
――ドッキリを教えてくれた人?
「男の人だった?」
「ああ、イケメンだけど生意気だったよ」
ハチから受け取り、恐る恐る封を開け、中を確認する。
中には写真と紙切れが入っていた。
これって、あの写真?と一瞬焦ったが、そうではないらしい。
取り出してみると、
写っていたのは子猫、ブル、パグ、亀井の4人だった。
どういうこと?
続けて、紙切れの文面に目を通す。
そこで、すべてがくっきりと見えた。
『沙希、お前にこの写真を送る。
お前、いろいろ苦労してたんだな
プレゼンの後、亀井に付いていった店でさ。
そこで亜里沙って子が悔しがりながら、
全部ペラペラ喋ってた。
この写真があれば、あいつら手出しできない。
お前は逆に安泰だろう。
で、如何わしい写真は
ドッキリってことにしてあるから。
安心しろ。
勇次 』
写真と紙切れの送り主は、ハスキーだった。
察するに、あのプレゼンの後、子猫は務めるお店に全員を集めたんだろう。
その席で、3人は事が思い通りに運ばなかった説教を延々とされていたに違いない。
そして、全てを悟ったハスキーがこの写真を撮ってくれたのだ。
――ありがとう、ハスキー
ハチに聞こえないように、内心、お礼を言う。
振り返ると、ハチは訳もわからずキョトンとしている。
「あの人は、誰なんだ?
会社の前で待っててさ。
写真はドッキリだって唐突に言うし、
お前の父さんが倒れただとか
今すぐこの病院に行けって言うし、
なんか、一方的過ぎてさぁ……」
ハスキーの態度に憤慨しているハチに、沙希がフォローを入れる。
遺恨を残さないハスキーの気遣いに、もう一度心の中で礼を言った。
でも、なぜ?
ハスキーは私を諦めたのだろうか?
いや、違う。
ハスキーもまた、窮地の私にしてくれたのだ。
今頃、彼はこう言っていることだろう。
これで、俺の償いはチャラだろ、と。
まだまだと言うと残念がるだろう彼を想像する。
ん?
何でハチは、お父さんのことを?
ひょっとして、ランチ予定が無くなった陽子が
ハスキーを誘ったのかもしれない。
だとしたら、
今頃、ハスキーは陽子の猛攻撃を受けてるはずだ。
その光景を想像すると、クスっと笑みがこぼれた。
状況が把握でき、改めて見ると、ハチは白い紙袋を持っていた。
その紙袋は子猫と一緒にいたときに持っていた紙袋だ。
無くなったはずが、今目の前にあるということは、
子猫に渡したのではなかったのだと沙希は安堵する。
「ちょっと早いけど、誕生日プレゼント。
店に行ったとき、
ちょっとキツイかなって言ってたから、
9号の服を取り寄せてもらって
買ったんだ。
バーゲンセールで安くなってたから
買えたんだけどな。」
正直者のハチが苦笑いしながら紙袋を渡す。
中身は確認するまでもない。
「ありがとう」と受け取りながら、シッポを振るハチにツッコミを入れる。
でも、ハチ、
あれは値段に引きつったあなたに遠慮して言ったセリフだぞ。
試しに着てみると、やっぱりちょっと大きい。
でも、私はこれでいい。
このちょっと大きいコートを大事に着ていくだろう。
だって、あなたがしてくれた私への気持ちだから。
END