ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間
とその時、携帯の呼び出し音がけたたましく鳴った。
ハッと我に返って、一瞬力の抜けたハスキーの腕をすり抜ける。
掛けてきたのはハチだった。
会話が途切れたので、一旦切って掛け直したらしい。
動揺を隠しながら、携帯に出た。
「ごめん、切れちゃってさ」
ハチが窺うような声で言う。
「電波悪い所なのかな?」
「ううん、そんなことないんだけど、
美沙が気分悪くなっちゃって…
今、その介抱してて」
咄嗟に嘘をついた。
よくそんな出任せがと我ながら感心する。
「ああ、そうだったのか。
その子、大丈夫なのか?
じゃあ、あんまり長く話せない状況なんだな。
それじゃあ、駅に着いたら連絡くれよ。」
と泣き止まざるを得ないハチは渋々電話を切った。
またハスキーの攻撃が続くかと思ったが、電話を切った途端、陽子が駆け寄ってきた。
「もう、何してんのよ?
みんな店の前で待ってるよぉ~」
イラつき気味に急かす陽子。
彼女はハスキーがお気に入りって感じだったからね。
ひょっとしたら、私が横取りしたと勘違いしたのかもしれない。
「ごめん」
言い訳だと思われるのを覚悟で、苦し紛れに言い訳を言う。
「修一に電話してて…」
「勇次君も早く行こ」
沙希の言い訳をスルーした陽子は、ハスキーの腕を掴むと同時に踵を返した。
憐れハスキーはリードを引っ張られるように強引に連れ戻されていった。
何はともあれ、陽子のおかげで何とか危機を脱することができた。
2次会の場でもハスキーは陽子に捕まりっぱなしで、私に近寄りもできず、それ故にその後迫ってくることはなかった。
――これでいい
ハスキーとの色恋毎は、6年前にもう終わったのだ。
さっきのキスの感触が残っているけど、後に引きずることでもない。
私にはハチがいるし、私はもはや飼育系女子だ。
野良犬に噛まれた程度で動揺することもない。
時計に目をやると、針は終電まであと15分を指していた。
が、更なる盛り上がりを見せる場で退席も出来ず、結局終電を逃すことになってしまった。
いつもの事とはいえ、心の中でハチに謝りを入れる。
心なしか夜の帳に響いた犬の遠吠えが、ハチの必死の叫びのように聞こえた。
こうして激動の一日は幕を閉じた。