ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間
土曜日の散歩

ハチとシェパード




「大丈夫か?」  


ハチに声を掛けられて、沙希は目を覚ました。
ぼやけて見える時計の針は昼の12時を回っていた。



「ん~、もうちょっと寝てたいかも…」  



「まぁ、無理しなくてもいいぞ。
昨日は大変だったからな。」  


そうハチが優しいのも朝帰りの私の言葉を信じ切っているからだ。
朝の会話を思い出すと、我ながら怖くなった。  



『電話繋がらないし、
ラインも既読にならないし 何かあったのか?』  



『ごめん、連絡しようにもできなかったんだ。
美沙がね、体調崩しちゃったでしょ…
あの後、さらに悪化しちゃって…
急アルで病院に運ばれちゃったから、
回復するまで付き添っててね。
病院だからスマホも切ってあったし……
修一心配だったでしょ?……ゴメンね。』  



『なんだ、そうだったのかぁ。
何かあったんじゃないかって
心配してたんだけどな。
沙希も大変だったんだな。
あ、…ってことはお前寝てないんじゃないか?
早くベッドで休めよ、な。』  



こんな子供だましの嘘がまかり通ってしまうことがちょっと怖くなる。
いくら調教したとはいえ、信じ過ぎてるでしょ。
これじゃ、調教じゃなくて、洗脳に近い。  



――しかも、寝てないのはハチ、 あなたじゃないの?


目の下にクマができてるハチに問いかける。
ラインの記録を見ると、一時間おきに連絡が入っていた。


まさかとは思うが、最寄駅くらいまでは探しに行ってるかもしれない。
ほんと、忠誠心もここまでくると怖いくらいだ。


と同時にこうも思う。  



――何で怒ったり、叱ってくれないんだろ?  


理不尽なのは百も承知だ。
忠誠を誓うように躾けてきたのはこっちだし…
しかも自分から悪事を働いてきたのに、叱ってくれなんて…
でも、優しいだけじゃ物足りないんだよ、女心は。



つくづく思う。 女はわがままだ、と。  


怒ってくれないと私に関心がないのかなって不安になる気持ち。
男には絶対理解できないだろう。
またそれを察しろということも、ね。  


眠い目をこすって、リビングへ行くとハチは掃除に精を出していた。  
相変わらずの見事な働きっぷりだ。



「何だ、 まだ寝るんじゃなかったのか?」  



「ん~、まぁ、天気いいし、
寝てるのも勿体ないかなって…」  


罪滅ぼしでもないが、ハチとどこかへ『散歩』に出掛けようと思った。  



「映画でも観に行かない?」  



「お!映画かぁ… いいな、それ!
今、ちょうど良いの上映してるだろ。
ほら、『理想の略奪愛』って映画。
それ、観に行こうよ。」  


沙希が頷くと、嬉しそうに仕度を始めるハチ。
散歩に行くと決まった瞬間、リードをピンと張って待つ犬のようだ。


その健気さにクスッと笑みが零れる。
映画のタイトルが少々気になったが、今日はハチの希望でいい。
大きく背伸びを一つすると、沙希も仕度に取り掛かった。




 
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