ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間
映画館に着くと、開演間近とあってすでに席は埋まっていた。
予約した席へと急ぐ。
が、既に座っている人の足が邪魔して狭い通路をなかなか進めない。
手間取っていると、不意に後ろの席から私の名前を呼ばれた。
「村上君じゃないか」
突然、背後から耳に入ってきたのは、記憶に新しい低く響く声だった。
ハッとして振り返り見回すと、声の主は3列後ろに座っていた。
そこにいたのは、まさかの警察犬、シェパード。
しかも、隣には恋人らしき女性が座っている。
薄暗くてよく見えないが、美人であることは間違いない。
神の悪戯とはこの事か。
こんなことになるんだったら、前の回で立ってでも観るんだった。
「知り合い?」ハチがすかさず訊く。
「うん。 実はね、昨日から私、
営業企画部に異動になったんだけど、
その部長さん。」
「え!?…沙希、異動になったの?
お前の会社って、 時期外れな人事するんだな。」
「私もビックリだったんだけどね。」
たしかに時期外れだ。
でも、その真相なんて口が裂けても言えない。