ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間
覚えているのはラストのキスシーンくらいだ。
若い男女が熱く抱き合いながらキスしていた。
熱い抱擁の後に交わされるキスシーン。
ふと昨晩の熱いハスキーの眼差しが重なり、思わずハッとする。
気づけばハチの手をギュッと握り締めていた。
――ハチ……私は拒んだんだからね
沙希は無意味な弁解を心の中で繰り返した。
手を握り返してくるハチはきっと違う解釈をしていることだろう。
なんだか、せつない気分にもなってきた。
でも今は感傷に浸っている場合じゃない。
シェパードが後ろにいるんだった。
が、明るさを取り戻した場内で恐る恐る後ろを振り返ると、既にシェパードの姿はなかった。
――あれ?帰ったのかな?
拍子抜けとも安堵ともつかぬ溜息が洩れた。
とはいえ、まだ館内にいる可能性は高い。
トイレに向かおうとするハチのリードを引っ張り、足早に出口へと向かう。
が、やはり悲劇は終わってはいなかった。
映画館を出ると、向かいのベンチにシェパードと恋人が二人並んで座っていた。
再び緊急事態のサイレンが鳴り、足が止まる。
足を止めたのは、対処に悩んだからだけじゃない。
相手の女性に気を取られたからだ。
さっきは薄暗くてわからなかったが、明らかに若い。
彼よりひと周りは下なんじゃないだろうか。
――さすがのシェパードも
ムッチンプリンには目尻が下がるのか…
そう思うと、なんだかつまらなくなった。
特別な男と思っていたのに、普通な一面が垣間見えるとね。
二人は何やら話し合っていて、幸いにもこっちに気が付いていない。
やっぱり声を掛けるのはやめようと踵を返した時だった。
「大和さん?」
横にいるはずのハチがいない。
振り返ると、何故かハチが二人に近づいていく。
――ハチ?…何してるの?
余計なことを…わざわざ挨拶なんてしなくていいのに。
犬も歩けば…っていうけど、自分から棒に当たりに行く犬はいないぞ。
と思ったら、ハチに反応したのはシェパードの横にいる恋人のほうだった。