ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間
シェパードは迷わず逆の壁際の席に向かった。
歩きながら、マスターに手を挙げて無言の挨拶をすると、マスターは挨拶を返すこともなく、タバコの火を消した。
二人の態度から察すると、シェパードとマスターの付き合いは長いらしい。
席に着くなり、シェパードがバーボンソーダを頼む。
寡黙なマスターが返事もせず、注文は?という顔で沙希を見た。
彼の雰囲気に気後れしまいと、即座にジンバックを頼んだ。
「シャイなマスターでね。
口数は少ないけど、いい人なんだよ。
最初は怖かったけどね」
「なんか、」
店の雰囲気に飲まれてか、沙希は小声で返した。
「こういう雰囲気のお店って 初めてで緊張しちゃいますね」
「まぁ、あまり気取る必要もないからね。
気楽にしてくれればいいよ。
それにしても、 村上君は本当に酒強いんだな」
「え?…いえ、嗜む程度ですよ」
「謙遜しなくていいよ。
あの爺さんと張り合うんなら、
強い方がいい」
――やっぱり、酒で私を選んだんだ
楽しそうに笑うシェパードに心の中で舌打ちした。
程なくして、マスターが二人の前に手際よくグラスを差し出す。
薄灯りに照らされたシェパードが低い声で言う。
「じゃ、初接待の成功に乾杯!」
沙希は小声で相槌を打つと、差し出されたグラスにカチンとグラスを合わせた。