ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間



その時だった。

聴き慣れた機械音が鳴って、ラインが来たことをスマホが知らせる。
ハチ?と咄嗟にスマホの画面を見ると、送り主はまさかの相手、子猫だった。  


《沙希さん、おはようございます!
元気ですかぁ?
こっちは昨日は徹夜だったんですよ⤵
目の下クマできちゃってるし…
関口さんもかなり参ってますけど
今日も負けずに頑張ります!》  


――子猫!?  


あまりのタイミングに、動揺した沙希はキョロキョロとフロア内を見回した。
が、いくら探そうがいるはずがないと正気を取り戻す。


もう一度、冷静になってスマホの画面の文面をしっかりと見直してみると、タイミングにも驚かされたが、見逃せない一文があった。

関口さんも参ってますけどって、ハチと一緒に徹夜したってこと?

たしかにハチのラインも徹夜だと書いてあった。
そこに嘘はないんだけど、子猫も一緒だとは書いてなかった。
って、いくらハチでもそこは書かないか。

仕事柄、徹夜ってことがないわけではないとハチからは聞かされていた。
それは別段引っ掛かりはしないのだが、徹夜の状況もわからない中でおいそれと「はい」と納得はできない。
 

――まさか、徹夜は二人だけで?

――ん?…本当に仕事で徹夜だったの?  


ポメとの情事が脳裏を過ぎって、沙希は弾かれたように頭を上げた。
まさかとは思うが、可能性として無くは無い。
一旦抱いてしまった疑念は、自分の中では晴らすことはできない。

かといって、直接聴くということもできない。
いろんなことが頭の中を逡巡して、はじき出た答えは自分に都合のいい答えだった。


犯罪者の心理は犯罪者に聞けばいい。
まさか、自分の振る舞いを参考にすることになるとは。


楽観視でもないが結論からいえば、ハチは「白」だと思う。

ハチのラインは短文だった。
犯人こそよく喋るものだとテレビで聞いたことがあるし、何より自分が言い訳を並べるではないか。

いや、そう信じたいだけなのかもしれないが、この1年の飼育は伊達じゃない。
野放しにしていたハスキーとは訳が違う。

そう思うと、別段狼狽える必要もない。  


《大変そうだけど、頑張ってね》  


と敢えてハチには触れない内容で返した。

しばらくすると、子猫からガッツポーズのゆるキャラのイラストが返ってきたが、そのラインには沙希は返すことはしなかった。

これ以上余計なことは書きたくないし、延々とラインのやり取りが続いても困る。
こっちが返さなければ、向こうも忙しいと判断はするだろう。



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