ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間
「突然ですみませんが、
先日渡し忘れたものがありまして、
誠に申し訳ないんですが、
今晩、
この前の菊水までお越し願えないですか?」
「今晩?…ですか?」
――夜に?取りに来いっておかしくない?
――しかも、会社じゃなくて料亭に?
怪しむ沙希の声を無視するかのように、ドーベルマンは矢継ぎ早に告げる。
「もし、差支えあれば仕方ないですが
御断りされるようでしたら、
御社の姿勢として、
会長に報告させていただきますが」
横暴なドーベルマンに腹が立つとともに不機嫌そうな土佐犬の顔が浮かんだ。
これは依頼じゃない。
命令だ。
しかも、何か胡散臭い。
が、土佐犬ではないし、電話の相手はドーベルマンだ。
シェパードに相談するほどのことでもないだろう。
渡し忘れたものを取りに行くだけだ。
一人で行っても問題はない…だろう。
安易にではないが、瞬時に考えた末、沙希は伺うことにした。
「わかりました。
9時ですよね? お伺いします」
「では、今晩9時に。
時間厳守でお願いします」
それだけ聞こえた途端、電話は切れた。
必要な事以外は喋らないドーベルマンの態度がより一層彼の冷徹な印象を掻き立てる。
仕事は溜まった状態だし、今日はハチも早く帰るはずだから、できれば行きたくはない。
が、着任早々得意先と揉め事も起こしたくもない。
シェパードのデスクに目をやると、休憩なのか用事なのか席にはいなかった。
別段、報告することのことでもないか。
沙希は深く考えることもなく、一人で伺うことにした。