ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間
極論じみた突っ込みに沙希は返す言葉がなかった。
勢いづいた陽子が続ける。
「結婚だって、見返りだからね。
それに判を押すまでは
何があるかはわからないよ。
どう?
修一さんとは順調?」
順調?と聴かれると、沙希は言葉に詰まった。
昨日の夜までは即答で答えられただろうが、今は喉の奥でつかえてしまった。
「順調には順調なんだけど…」
「何よ。
何かありそうね」
陽子が興味津々に身を乗り出す。
他人の恋愛話は、今食べているパスタよりも美味しく感じるのだろう。
午前に子猫のことがあったばかりだ。
また不安の波が押し寄せた沙希は、今更引っ込みもつかず、陽子に相談してみようと思った。
「全然気にすることじゃないとは 思うんだけど…」
と前置きして、事の一部始終を陽子に話した。
「それ、オフホワイトだよね」
「え?」
問題ないよという返事を期待していた沙希は、意外な陽子の判断に戸惑いを隠せなかった。
「やっぱ、マズい?」
「マズいってほどではないけど
要警戒ってところかな」
「要警戒?」
「修一さんにじゃないよ。 子猫に」
「やっぱ、そう?」
「そりゃ、そうよ。
だって、その「子猫」とやらは
差し入れ持ってきたんでしょ?
修一さん、
きびだんご貰ってんじゃん」
「たった1回だけだよ」
「回数じゃなくて、
何を差し入れしたかだよね。
苦労して買ってきました的な
何かとかね。
男って弱いからねぇ、そういうの。
しかもさ、 一旦帰ったフリまで入れてるし…
若いのにそんなテクニック使うって
なかなか手強いと思うけど…」
的を得ている陽子の推測は、沙希の胸をグサリと貫いた。
言われてみれば、たしかにそうだ。
ハチの口調がおかしくなかったとかそういう次元の話ではない。
基本を忘れていた。
男も犬も単純だということ。
ご褒美をあげれば付いてくるのは、何も私に限ってのことではない。
きびだんご一つ貰っただけで、命がけで鬼退治に帯同した犬もいるではないか。
徹夜の仕事中に子猫からの差し入れ一つで、ハチが恩義を感じてしまう可能性はある。
しかも、相手は一旦帰ってから戻るという嘘の高等技術まで駆使している。
今、こうしている間にも虎視眈々と子猫が爪を研いでいる可能性だってあるのだ。
安心などできるはずがないじゃない。
やはり、あの子猫は要注意、いや要警戒だ。
恋は盲目というが、自分の主観に走ったら大事故に繋がっていたかもしれない。