ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間

土佐犬




午後8時40分。 沙希は『料亭菊水』の前に立っていた。
改めて菊水の前に立つと、場違いな雰囲気に少し怖気づく。

この前はシェパードもいたし、わけもわからず接待だと連れてこられただけだ。
物怖じしたのは店の雰囲気か、それともドーベルマンの冷徹さか。

忘れ物を受け取るだけと自分に言い聞かせて沙希は門をくぐった。  
石畳を進むと、この前と同じく女中さん達が迎えてくれた。

やはり一人だけ着物が違う女将らしき女性も立っている。女将の目の前まで来たときだった。

あれ?と沙希は女将の視線に違和感を抱いた。
沙希が正面に立っているというのに、女将の視線は沙希に向いていなかった。

むしろ、沙希の後方を探しているように見える。  
「あの…」 と沙希が声を掛けると、我に返ったように女将は慌ててお辞儀をした。  


「あ、すみません。
ようこそお越しくださいました。
ささ、どうぞ、中へ」  


と迎えられ、この前と同じく客間へと誘導してくれた。
前回と同じく、縦に並んで渡り廊下を歩いていく。
前と同じ部屋の前まで来ると、両膝をついて襖をコンコンと叩く。  


「お連れ様がいらっしゃいました」  


「入れ」  


あろうことか中から聞こえたのは嫌悪感溢れる声だった。開けられた襖の奥には、卑しい笑みを浮かべた土佐犬が座っていた。



呆然と立ち尽くす沙希に土佐犬が手招きをする。


 
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