ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間
子猫
閑静な住宅街のかなり向こうに車が行き交う大通りが見える。
大通りに抜けるまでの間、シェパードは何を聞くでもなく、いつの間にか肩に回した手も離れていた。
大通りに出ると、タクシーを拾うべくシェパードは大きく手を挙げた。
が、駅近くでもないため、タクシーはなかなか捕まらない。
苛立つシェパードには申し訳なかったが、待っている間に沙希はハチに電話を掛けた。
あんなことがあった後だし、家で待っているであろうハチに帰る時間を伝えるためだ。
時計の針は10時前を指している。
10時30分には家に帰れるだろう。
「どうした? 何かあったのか?」
電話に出るなり、ハチが心配する。
が、おかしい反応ではないと沙希もわかっていた。
普段の連絡ならラインで済ますし、家で待ちくたびれたハチのいつもの返事だからだ。
むしろ、先ほどのことを思い出すと、ハチのいつものセリフが胸に沁みた。
「今、仕事終わって 10時30分には家に着くから」
心配させないようにと何とか振り絞った声で明るく言うと、意外にもハチが口ごもった。
「あ、ゴメン…
俺、まだ仕事終わってないんだ…
なるべく早く帰るからさ。
ほんと、ゴメンな」
なんてことだ。
ハチは家に帰ってないどころか、まだ仕事中らしい。
仕方ないと言えば仕方ないが、今日こそ家で待っててほしい日だった。
と嘆くと同時に、電話から聞こえる雑音に沙希は違和感を感じ五感を研ぎすました。
ザワザワしている音がフロアのそれではなく、街の喧騒に聞こえる。
しかも、微かながら大手雑貨チェーンのオリジナルソングが流れているのが聞こえた。
「ねぇ、 修一、今、外にいるの?」
「そうだよ。何で?」
「ううん、別に。
事務所にいると思ったから。
じゃ、仕事頑張ってね」
あっけらかんと答えるハチにそれ以上訊くこともできず、沙希は電話を切った。
ハチだってデスクワークばかりではないし、外出することもあるだろう。
さほど気にすることもなく、沙希が携帯をバッグにしまおうとしたその時だった。