ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間



携帯の着信音が鳴る。

ハチが何か言い忘れたのかと思いながら、画面を見た沙希は青ざめた。
掛けてきたのは要警戒の相手。 子猫だった。  


――何で?  


不穏に感じながらも無視するわけにもいかず、恐る恐る電話に出る。  

「はい」
探りながら、口調が固くなる。
「村上です」  


「沙希さん、こんばんは 由紀恵ですぅ。
夜、遅くにすみませぇ~ん。
今、大丈夫ですかぁ?」  


沙希の不安を知ってか知らずか、テンション高めの子猫の声はいつにも増して耳障りに聞こえた。
今の状況も加味して、相変わらずのブリブリ口調が余計に鼻につく。  


「少しなら」
相手の勢いに押され、声音が弱くなる。
「大丈夫だけど…」  


「よかったぁ。
沙希さん、
私、今どこにいると思いますぅ?
新宿のあのコートのショップ
覚えてますぅ?
そこにいるんですよぉ!」  


――コートのショップ?  


記憶を辿っていくと、土曜日のセレクトショップが浮かび上がった。  


――だから、何?  


苛立ちが相手に伝わるように、一言で沙希が返す。  


「それで?」  


子猫は怯むことなく、話を続ける。  


「あの可愛いコート!
まだ売り切れてないんですぅ。
すごくないですかぁ?」  


――全然すごくない  


くだらない。
そんなことのために、わざわざ電話してきたのかと辟易する。

適当にあしらって電話を切ろうと、沙希が返事をしようとした時だった。  


「もしもぉ~し
あれ?
………もしもぉ~し」  


電波が悪くなったのか、会話が通じていないようだ。
こちらも「もしもし?」と返してみるが、返答はなくしばらく沈黙が続いた。

電波が悪いんじゃ仕方ないと電話を切ろうとした時だった。  
会話が無くなったことで、徐々に聞こえてくる雑音に沙希がハッとする。


大手雑貨チェーンのオリジナルソングが流れているではないか。
たしか、さっきハチと話しているときにも聞こえたリズムだ。


その瞬間、昼間の陽子のアドバイスが脳裏を過った。  



《 要警戒は、子猫よ 》  



――…っつ!?

――何で?


――まさか、一緒にいる?


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