ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間
子猫はコートの有無を伝えたかったのではなく、ハチと一緒にいることをアピールするために電話をしてきたのではないか?
だから、こんな時間にこんなくだらない事で電話をしてきたのではないか?
だとしたら、合点がいく。
内容なんかどうでもよく、今まさにこの時に電話をすることが大事だったのだ。
私に宣告するために。
今、私はあなたの大事な人と一緒にいますよ、と。
「由紀恵さん、あの…」
沙希が言いかけたと同時に、電話は切れた。
ひょっとしたら、電波が悪かったのも彼女の演技で、電波が悪くなったフリをしていたのかもしれない。
途端、不安の波が津波となって心の中を飲み込んでいく。6年前の惨劇がくっきりと蘇り、Vサインの子猫にハチがシッポを振って付いていく想像が重なった。
気が動転した沙希は咄嗟にハチに電話をしようとしたが、丁度タクシーを捕まえたシェパードが沙希に向かって手招きしている。
それどころじゃないのにと思いながらも、助けてくれたシェパードも無視することもできない。
逸る気持ちを抑えながら、タクシーに乗り込むと、
「マンションまで送るから、 ナビしてくれるか?」
とシェパードが家まで送るという。
あんなことがあった後だから、気を遣ってくれているのだろう。
さすがにそれは申し訳ないと思い、
「新宿駅でいいです」
慌てて首を左右に振りながら強がりをいうと、
「大丈夫か?
こっちの心配はいらないからな」
シェパードは番犬然り家まで送ると強情を張った。
上司としたら当然なのかもしれないが、これほど気を遣わせるなら涙は我慢すればよかったと沙希は後悔した。
これ以上運転手を待たすわけにもいかず、渋々シェパードの配慮を受け入れることにした。
かといって、このまま有耶無耶な気持で過ごすのも限界だ。
状況を確認しない事には気持ちが晴れない。
何とかならないかと考えた末、せめてものという気持ちでシェパードに頼み込んだ。
「できたらでいいんですけど…
靖国通りを通って、
行ってもらえませんか?」