ワンだふる・ワールド ~飼育系女子の憂鬱な1週間
目の前の信号が赤になり、車が止まった。
歌舞伎町一番街の赤いネオンの下から、大勢の人がこちらに向かって歩いてくる。
パンクロックの派手な革ジャンを着たカップルが目に入り、派手だなと思った瞬間、沙希はその後ろの二人を見て目を疑った。
――嘘…でしょ?
楽しそうに談笑している男女こそ、探していた二人。
ハチと子猫ではないか。
目の前を通り過ぎる二人に瞬きを忘れ、身を乗り出しそうになるのを必死で堪えた。
唾を飲み込み、血流が異常に速くなり、心臓がギュッと締め付けられる。
言葉を発しそうになり、咄嗟に震える手で口を押さえた。
――やっぱり…
――二人は一緒にいた
よく見るとハチは右手にビジネスケース、左手には大きな紙袋を下げている。
どう見ても、仕事で使うものには見えない。
居てもたってもいられず、信号を渡り切った二人を目で追った。
二人は駅のほうへと歩いていく。
「やっぱり、ここで降ります」
咄嗟に沙希が叫んだ瞬間、信号が青に変わった。
「えぇ?」
面倒くさそうに運転手がバックミラー越しに訊く。
「降りるんですか?」
「や、そのまま行ってくれ」
シェパードは即座に手で制して運転手に告げた。
「遠慮する必要はないって
言ってるだろう」
沙希がまだ遠慮していると勘違いしたシェパードは、少し強めに沙希に言った。
沙希はそうじゃないと心の中で叫んでは見たものの、勢いよく発進した車はすでに西武新宿線のガード下を潜ろうとしていた。
慌てて振り返ってみたが、すでに二人の姿はなく、信号待ちをする人だかりしか見えなかった。
ハチは帰ってくるだろうか?
帰ってきたら、問い詰めるべきだろうか?
問い詰めるとしたら、激昂して?
それとも外堀からやんわりと?
あれこれ悩んでいるうちに、気が付くとタクシーは桜上水駅北の信号近くまで来ていた。
「あ、ここでいいです」
と告げると、タクシーを降りた。
シェパードは家までと言い張ったが、目の前のマンションが自宅だというと、安心した表情でまたタクシーに乗り込んだ。
走り去るタクシーにお辞儀をして、マンションへと走る。
あのままハチが家に向かったとしても、まだ着いてはないだろう。
だが、沙希は走ってマンションへと向かった。