うさみみ短編集
「集団自殺だそうですよ。生きてるだけで孝行って言葉。最近の若者にはダサいんですかね?」






野次馬を見つめながら彼はぽつりと呟いた。まるで半世紀程生きてき、社会に揉まれてきた男の様な事を吐く。





最近の若者はお前もだよ、と言いたくなるが、少なくとも彼の言う、最近の若者という言葉に渡邊は入っていない。









佐倉は横たわった人間を見つめて呟く。「俺が知るか」
赤いものは血だが、もう何年とこれくらいの出血を見てきた佐倉にとって、死体は珍しいものではない。







葬儀屋が死体を見て動揺しない様に、刑事もそれなりに免疫が出来てくる。
だが、死ぬという事はどれ程の重みか、というのは全く変わっていない。





だからこそ、現在封鎖テープの中で事切れている数人の男女を見ても、彼らの心境など分かるわけも無い。







その数人の男女に向かって、何度もカメラのフラッシュがたかれた。その光が反射して、しだれ桜の花が夜の闇の中で、ぼうっと薄桃色に浮かび上がる。





「夜桜ですね」という渡邊の穏やかな声が聞こえたが、佐倉の視界にはその桜しか映ってはいなかった。






「桜は短い期間しか咲かないし、咲けばぱっと散るから綺麗とか言われてるけどよ
 来年までずっと、また咲くの待ってんだよ。






冬に裸枝になって誰に見向きすらされなくても、春の僅かな花の季節の為によ
 そう思ったら、健気だし、辛抱強いわ、桜は」






「ぱっと散るだけが、桜の綺麗さじゃないって事ですね」







後付する様に口を弾ませた渡邊の言葉が耳に残った。恐らく佐倉も、渡邊も、幻影の様に映る夜桜に、同じ想いを寄せていたに違いない。
暫く夜桜を見つめていた佐倉が、小さなため息と共につま先で砂利を踏んだ。









「身元調べるか」
佐倉の言葉に「はい」という返事が返る。並んだ二人は、横たわる男女の元へと歩みだしていた。








まだ肌寒い春の夜風が、しだれ桜の花びらを揺らす。
その花びらがやがて、また一つ、また一つ、流れ星の様に落ちていく。
その桜の花びらの一枚が、佐倉の肩に舞い落ちた。








一枚、サクラ華、ひらり。
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