うさみみ短編集
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車窓から流れる田舎町を、僕はあといくつ見送るのだろう?
鍵を開けて固い窓枠を持ち上げる。
窓を開けた瞬間、僕の顔に真っ向から強風がぶつかって来て、思わず眉間に皺が寄る。
窓枠にかけた手を離しそうになったが、直ぐに慣れてしまい窓枠を固定して流れる景色を見つめる。
ゴウゴウと風の鳴いている音と、列車のブレーキ音が重なって鼓膜が震えた。
「今度は何て言う駅だろう?」
潮の香りが微かに漂いはじめている。この香りを久しぶりに嗅いだ気がする。
暇潰しに読んでいた文庫本も読破し、手持ち無沙汰だった僕にとっては有難いサプライズだった。
本を鞄に収めようとした時、向かい側に座った女性と目があった。
背を丸めて、白い毛糸のニット帽を被った丸顔の小柄な女性だ。
年齢は七十代くらいだろうか。目元には笑皺の年輪がうかがえた。
きっと若い頃は上品で綺麗な女性だったに違いない。
小さなソーイングセットで刺繍の花束を作っていた。橙や朱、桃色など、鮮やかな暖色系の糸を針に通しながら丁寧に模様を描いている。
僕はその作品に見とれてしまっていた。
「お兄さん、これからどこに行くの?」
大きなトランクケースを持った僕を見て、遠出をしているとは予想できたのだろう。
女性は小さな丸みを帯びた肩をすくめて声をかけてきてくれた。